2021.05.28 柳陰(やなぎかげ)を作って飲む

上方の古典落語『青菜』に登場する「柳陰」(枝雀落語から)

大家の旦那が庭で精を出す植木屋を呼び止め 手が空いたら酒の相手をしてくれと頼む・・・

植> 何でございます ぇわたしがここでお酒を頂戴するのでございますか そら厚かましゅうございまして

旦> なに厚かましぃことありゃせん 言うて何じゃが ああたのためにわざわざしつらえたわけやない
わたしも少し早よおうに体が空きましたんでな 暑気払いにちょっとこんなことを(酒を呑むしぐさ)
と思いまして よかったら相手してもらお思ぅて

植> ありがたいこっておます 頂戴するのでございます

旦>そら結構結構いきましょか   そおじゃ言うとかんならん
暑いあいだはな お酒ちゅうやつは妙に体がほめいて(ほてって)どもならんでな
暑い間 この柳陰というやつを井戸で冷やしてやってますのじゃが
どや植木屋さん あんた柳陰ちゅうのん呑んでかえ

植> 旦さん何とおっしゃったんで えっ柳陰 シェッシェー ぜえたくなもんお上がりになって
柳陰 シェッシェッシェー ぜえたくなもんお上がりになって いえ旦さん なんでございますよ
どこでも誰でもというわけにまいらんのでございますよ そうでございますよ 当たり前でございますよ
柳陰てなもんはね やっぱりヒィ〜ンヤリとええあんばいに冷えませんことには具合悪うございます
そうでしょ でございますよってに そんだけ深い大きい井戸がございませんことには
すっくりまいらんのでございます 誰でもどこでもというわけに参らんのでございます
当今はともかくも 昔は「大名酒」と申しまして お大名より上がらなんだもんでございます へぇ
それをご当家で頂戴できるなんて こんな結構なことはございませんのです 頂戴をするのでございます

・・・(中略)・・・

旦さんこれなんでしょ これ味醂が少し入ってございましょ そりゃ いえわかるんです
柳陰ちゅうもんは そおちょいちょい頂くわけやございませんねんけど 味醂の方は わたいね
うちのお婆んがいける口でしてね 天王寺さんへお参りした帰り 今でもございますやろか
一心寺の前に甘酒茶屋がございましてね そこに腰掛けて
ええ床几に腰掛けてちょいちょい飲んどりまして
わたいが子どもながらに「お婆ん、ちょっとねぶらしてぇな」言ぅて飲ましてもらいましてね
味醂てお酒や言い条 甘いもんやなあちゅうのん 未だに覚えとります(終)

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江戸時代後期の江戸と上方の風俗を記した『守貞漫稿』によれば 味醂と米焼酎をほぼ半々に混ぜたものを
上方では「柳蔭」 江戸に下って「本直し」と呼び 暑気払いの冷用酒として好んで飲まれていたとされる
「柳陰」の由来は 川のほとりにある涼しい柳の木陰で ちびちびと風流に飲んだことが名前の由来とされ
「直し」は 飲みにくい酒を手直しするという意味で付けられたとされる
味醂も本来は飲用を目的に作られた酒であり その発祥は定かではないが 元禄8年(1695)に発刊された
食品に関する辞典である『本朝食鑑』に 焼酎を用いた味醂の製法が記載されている
味醂の製法は モチ米を蒸し米麹を混ぜ それに焼酎を加えて60日ほど醸成した物を圧搾し濾過する
江戸時代から第二次大戦前中の日本酒不足の時代まで飲用されていたが 日本酒の安定供給および
ビールやウィスキーの普及によって飲用されることがなくなった

一方の調味料としては 天明5年(1785)に著された料理手本『萬寶料理秘密箱』中の赤貝和煮の項で
味醂を煮切ってアルコール分をとばし調味料として使う方法が記され
それ以降は 蕎麦つゆや蒲焼のタレなどに用いる甘味調味料として一般化した

現在の味醂に比べると江戸時代の味醂は モチ米のでんぷん質を糖化するために加える麹の力が弱く
麹菌学や醸造学の発達した現在に比べ糖度がかなり低かった このため江戸時代のように米焼酎と味醂を
半々で混ぜると 現在では 甘くてくどい酒になり飲めたものではない
最終的に行き着いた製法は下記の通りで スイスイと飲みすぎて困っているが
純米焼酎と純米味醂で作ったため 悪酔いはしない良い酒である
酒税法では 酒類のブレンドも違法とされるが個人消費の場合は ほぼ「OK」である

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私が作る柳陰の材料は 米焼酎も味醂も高価なものではなく ごく一般的に手に入るもので十分である
使うのは 純米米焼酎 白銀(しろがね)度数25 1800ml(ドラッグストアーで購入)
タカラ純米本みりん 度数:13.5度以上14.5度未満 原材料は全て国産(スーパーで購入)
米焼酎を生(き)で飲むのは強すぎるため 当初は6/4の割合で薄めアルコール濃度を15%に調整したが
少し薄く感じてきたので 9/5にして アルコール濃度を16%にした
水の量を調整しアルコール度数を変えると また違った味になるので工夫の範囲は広い
正確に量るため「キッチンスケール」を使い全て重量で計測する
白銀:900ml(872g)と浄水器を通した水道水(私は軟水にしている)500ml(500g)をよく混ぜる
タカラ純米本みりんを 100グラム入れる この量は好みで自分に合う量を見つければ良い
丸一日冷蔵庫で寝かせてから飲むと良い 冷酒でも温めても良い

落語青菜の続き 「下げ」まで

・・・(中略)・・・

酒のあてに出た「鯉の洗い」を見て鯉の頭が氷の上にあるので 「風邪をひいた鯉」などと言ったり
薬味のわさびをお灸の艾(モグサ)と勘違いしたり 八百屋の店先にあるのが「わさび」とは知らず
「あんな小さな蘇鉄(ソテツ)どないするんやろうと思てた」と言ったりして賑やかなこと
最後には「わさび」を一口で食べて・・・・・・

旦> 辛いねんやろ 吐き出しなはれ 吐き出しなはれ(植木屋は辛さで悶絶状態)

旦> お酒を呑みなはれ

植> うわぁ〜ッ 旦さんわたいワサビ口に合わん

旦> 無茶したらどもならんで こらわたしが悪かった どぉじゃな口直しに青いもんでも
植木屋さん あんた青菜を食べてか

植> 旦さん いま何とおっしゃいました 青菜 シェー ぜえたくなもんお上がりになって
今はともかくとして、昔は「大名菜」ちゅうて大名より・・・

旦> 嘘つきなはれ  (手を叩いて)奥や 奥や

奥様> はい 旦さん何かご用で

旦> いま植木屋さんがお酒の相手をしてくれてる 面白い人じゃ愉快な人じゃ
久しぶりにお腹の底から笑わしてもらいました 青菜が食べたいと言うで
堅とぅ絞ってゴマでも振りかけて持ってきたげとぉくれ

奥様> かしこまりましてございます

・・・(中略)・・・

旦那の奥様と自分の嬶を比べてわぁわぁとにぎやかにしていたところに・・・

奥様> あのぉ〜 旦さん 鞍馬から牛若丸が出でまして 名も九郎判官

旦> ん ほぉー ほぉー 義経 義経
さぁ、どんどんやってくだされや植木屋さん

植> 旦さん わたしボチボチひつれえ(失礼)を

旦> 何じゃ かまやせんじゃないか ゆっくりしていったら

植> どぉぞ お気遣いの無いよぉに どなたかお客さんがお見えになったよぉで
わたいがおったら邪魔なりますで

旦> 誰も来やせんで

植> 先ほど奥さんおっしゃた「鞍馬山のほぉから金太さんが飛んで来た」ちゅうて

旦> えらいことが耳に入ったなぁ いやいやそぅじゃありゃせん
実はあんたに食べてもらおぅと思た青菜 わたしがみな食べてしもて無いんやそおな
それをここへ来て言うたら あんたの手前わたしが照れるといぅので隠し言葉のよおなものじゃ

植> 旦さん隠し言葉と言いますと

旦> 「鞍馬から牛若丸が出でまして 名も九郎判官」菜は食ろぅてしもてもぅ無いと こう言うたので
わたしが九郎判官に掛けて「義経 義経」よしや よしや とこう言うたわけや

植> ヒェヒェェー えらいもんでございますなぁ おっしゃることが
何ですて「鞍馬から牛若丸が出でまして 名も九郎判官」で 旦さん「義経 義経」と
これでっしゃないか ええこと聞かしてもらいました いえいえ きょうはお腹いっぱい頂戴しました
あしたの朝ちょっと早い目に出まして この埋め合わせをさしてもらいます さいなら ごめんやす

・・・(中略)・・・

家に帰っていつも通り クチの悪い嬶のお咲とやり取りがあって・・・
もうすぐ風呂の誘いに大工の竹がやってくるので大家の真似事をしようとお咲を押入れに放り込む

竹> おい風呂行こか

植> あぁ 植木屋さん

竹> きょうらだいぶん暑いのんは暑いけど 頭ボヤ〜ッとしてんのんちゃうか いま何言うた
植木屋はお前やないかい 俺は大工や

植> あぁ〜た 柳陰を呑んでか

竹> おいおい 結構やないか からだ火照ったぁんねんがな こんな時に冷たいのんキュ〜ッとよばれたら
こんな結構なことないわい どこで手回したんか知らんけど おっきにありがとう キュ〜ッと冷たいのん
ありがたいなあー・・・ な 何やねんこれ 生ぬるぅいやないか ただの酒とちゃうんか

・・・(中略)・・・

鯉の洗いと言ってはオカラの煮たのを出したりして・・・・・青菜を勧めるが 竹は青物が大嫌い

植> あぁた 青菜嫌いでも好きと言うて

竹> 何やねんな 分かった何ぞのまじないかいな 食う真似したらええんかいな よっしゃ もらお

植> あぁた 青菜を食べてか 好きか

竹> 嫌いやちゅうねん

植> ちょっと待ってや(手を叩いて)奥や 奥や(手を叩いて)奥や 奥や

お咲> はい旦さん(と 押し入れからお咲が転がるように出てくる)

竹> び!ビックリしたぁ 恐わぁ お咲さん留守かと思たら 今まで押入れ入ってたんか
汗流れ出たぁるがな 何か言うてるで

お咲> 旦さん何かご用で

植> いま植木屋さんがお酒の相手をしてくれている 青菜が食べたいとおっしゃるで
堅とぅ絞って持ってきたげとぉくれ

お咲> かしこまりました

竹> また押入れ入って行ったで この暑いのに何をすねんな また出てきたがな
汗流してクモの巣だらけやないか また何か言うてるで

お咲> あのぅ旦さん 鞍馬から牛若丸が出でまして名も九郎判官 義経(と続けざまに言ってしまった)

植> (義経と返すことが出来なくなり)・・・・??? (苦しまぎれに)弁慶

上方落語では話の「落ち」を「下げ」という 下げの「弁慶」は「立ち往生する」の意を含む
また上方の花柳界では お大尽の取巻きや幇間を義経の供になぞらえて「弁慶はん」と呼んだ
そのことから「弁慶」には酒食を奢るという意もある
青菜は上方の古典落語だが 東京で演目に初めて挙げたのは3代目柳家小さん師匠であった

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