I 氏のこと

時期的には昭和40年代初頭の話なのだが 昭和晩年頃に出会った「I 氏」からの伝聞で本当かどうかは解らない
「I 氏」は見上げるばかりの巨漢の持ち主で元警察官である 巨漢とは言いながら笑うと愛嬌がある好人物で
あまり神経質なタイプではない 言ってみれば「大雑把=アバウト」な性格の持ち主である
それが災いしていると言えなくもないが 実家は古くから製薬業を営み家業を継げば社長でおれたものを
生来の風来坊のごとく生きた人物であった 先ほど言ったように彼は元警察官なのだが
その経歴の多くはN県警交通課に勤務する白バイ隊員であり その「ハチャメチャ」な行動は小説に値する
第一話
警ら中に違反車両を捕まえ違反切符を切ってから数日後 彼は他課の上司から呼びつけられた どうも違反者が
その上司の親戚筋に当たるらしく 違反事項のもみ消しを「命令」された 他課とはいえ上司に逆らうことは
警察組織として許されることはなく 渋々もみ消しに応じたらしいが喜んで応じた訳ではない
彼は反撃を開始する 直属上司にも秘密裏に日頃から不満を持つ仲間を 大いに集め大いに職権乱用をして
もみ消しを依頼した上司の家族親戚全ての身元を割り出し 使用車両まで調べ上げたうえでもみ消し不可能なまで
徹底的に追跡(ストーカー的)検挙し 憂さを晴らすと同時にもみ消しの依頼を撤回させたらしい
第二話
第一話では正義の味方を演じたような彼も だいぶん「悪さ」もしたようである とある運輸交通関係会社から
毎年交通課に来る歳暮が突然来なくなったので これ又集中的に取り締まりを強化し
例年以上の歳暮を獲得した 気をよくした彼は他社への取り締まりにも力を入れ
宿直室が倉庫になってしまうほど歳暮の品を集めたらしい
第三話
当時名神高速道路が開通し高速警ら隊にロータリーエンジン搭載のマツダコスモスポーツが配備された
これを聞いたN県警交通課の面々は県境に新しい自動車道が出来て その取り締まりに必要と強固に訴え
憧れのマツダコスモスポーツをパトカーとして配属に成功した 意気揚々と出動した「第一日目」を最後に
あえなく峠の藻屑と消えたらしい その道はO市とN県を結ぶ新道とはいえカーブの多い峠道で
運転が「未熟」であると言うより そういう車を配属する事が「無茶」なのだった
マツダコスモスポーツ
昭和42年 マツダコスモスポーツ
第四話
少しやり過ぎたので交通課勤務を辞めさせられた彼は 田舎の派出所勤務を命ぜられた そこでも相変わらず
勤務中に川で魚を不法行為(電気を流して魚を捕る)で獲り ついに退職勧告を受け警察を辞めた
彼は改心しようとしたのかどうか全く不明なのだが新興宗教に入信した 性格のなせる技か はたまた口八丁手八丁で
教祖に次ぐナンバー2の地位までのし上がるが 金銭トラブルから他派閥から追い落としを受けあえなく娑婆に戻る
終話
その後は私も仕事を離れ疎遠になっていたのだが ある日彼が亡くなったと噂を聞いた 永らく糖尿を患い
不摂生もたたってのことだが 死に場所が彼らしく思えた エネルギッシュな彼の行動パターンは
夜間に営業地に向かい車の中で仮眠するのだが 仮眠場所は必ずバス停であった
始発一番バスに起こしてもらえるのが彼なりの持論だった 最後に彼の死を確認したのは
きっと始発バスの運転手であったろう 最後まで稼いだ金は仲間にやり自分は倉庫の中で寝泊まりするような
生活を貫き 家庭を持ったと言う話は終ぞ聞かなかった
なぜか何時も「フーテンの寅さん」を彷彿とさせてくれる人物であり 「男はつらいよ」を見るたび彼を思い出す