日田の散歩道

日田(ひた)は日本三大河川の「筑後次郎・筑後川」の上流に位置する盆地である
耶馬日田英彦山国定公園に含まれ 昭和2年(1927)に選定された日本二十五勝に入る名勝地で
昭和60年(1985)に 「小京都」と呼ばれる地域が集まり結成された「全国京都会議」に属す
大分県の最も西の地域にあり 周囲を1000m級の山々に囲まれて 中心部を三隈川(筑後川)が流れる
九重・阿蘇山系に発する玖珠川や大山川をはじめ 花月川・高瀬川・串川といった多くの支流がこの盆地内で
三隈川に合流した後「筑後川」と名を変えて有明海に注ぐ この各支流河川は水量が豊富で盆地内を今も縦横に
流れていることから「水郷」と呼ばれている 呉音の「すいごう」ではなく漢音で「すいきょう」と日田では言う
これは日田で 教育の先駆者と呼ばれる「広瀬淡窓」が漢学に秀でていたため
漢音が日常的に使われていたことにあると考えられている
福岡県と接するため 以前より「博多の奥座敷」と自称しており 実質的にも経済圏は福岡に属している
利便性においても 大分空港まで100kmあり所要時間が1時間以上かかるのと比べ
福岡空港まで70km所要時間は60分弱となる また 鉄道交通・高速バスにおいても久留米や福岡方面が有利である
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日田市豆田町界隈

日田には大昔 大きな湖があったとされる伝説や伝承が多く語りつながれ 今も「舟繋ぎ石(岩)」とされるものが
周辺山間地に散在する 地質学的には 断層によって陥没した「すり鉢状」の地形に湖ができ 約9万年前に
新耶馬渓溶岩や阿蘇溶岩が堆積し日田盆地が埋没した その後再び湖が形成され 続く河川の浸食によって
夜明け渓谷ができて盆地が干上がり現在の地形となったとされる
標高400m程度あった湖底は段丘として残り かつてはそれが盆地の底であったことを偲ばせる
盆地内にある日隈・月隈・星隈の三丘も 浸食作用に残された比較的固い地質の丘である
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三隈川公園の「河童の鵜飼」像

日田盆地は 山地に囲まれた地形により 空気が滞留しやすいうえ気温の日較差が大きく
多くの川が流れているため 秋から初冬にかけては底霧と呼ばれる深い霧が発生する
また 気温の年較差も大きく 夏は暑く冬は寒い 毎年のように夏の初めに その日の国内最高気温が記録され
全国ニュースでも話題となる報道がされる
また南国九州にありながら積雪も多く 日田以東の高速道が通行止めとなることが冬に一度はある