日田往還「石坂石畳道」ウォーキング大会 MAP Screen Shot
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2026.02.23 日田市大字花月字坂ノ下・石坂ほか 石坂石畳道
石坂石畳道 掲示板
この道は市ノ瀬から伏木峠の間の急坂にひかれた石畳の道で、全部で16ヶ所(註)の曲折をつけながら
(曲折部に番号が振られ石碑が置かれる 但し16番は石畳坂最上部平坦地に有り 曲折ではないため15曲となる)
1260mの距離を上って行く。 約2.2mの道幅のうち、中央部分には堅い切石を敷き、
その左右には山の自然石を敷く。 勾配は7度から10度で、急な所は馬や牛の歩行を考えて2.3歩進んでは
一段上るようにゆるい段差をつけるなどの工夫がされている。
この石坂は、日田から中津へ通じる主要道路の一つで、当時は交通も頻繁であった。
しかし、岩や石の露出した難路であったため、嘉永3年(1850)隈町の掛屋、京屋作兵衛(山田常良)は、
周防 (山口県)の石工に依頼し築道を行わせ、通行人の便宜をはかった。
道路完成の翌年には市ノ瀬村の庄屋の依頼で、広瀬淡窓が石坂改修の由来を漢文で撰し、
隈町森昌明の書で記念碑が建てられた。 これが国道のすぐ上にある「石坂修治碑」である。
昭和62年3月27日 県史跡指定 日田市教育委員会
上書に記されるような「緩い段差」が 雨水による崩壊を防いできたと考察する
13:10 日田市大字花月字坂ノ下 市ノ瀬集落の北外れにある石坂道の入口
4番曲り
5番曲りまで 274mの長い坂道
嘗ては石垣の棚田が広がっていた 杉の植林は第二次大戦後
5番曲り
敷石の残材?
7番曲り
大分県道720号日田山国線(旧・国道212号線)と交差
13:46 旧国道が貫く11番曲り 国道の造成に伴い 新たな石坂道の歩道が整備された
広瀬淡窓が石坂改修の由来を漢文で撰し 隈町・森昌明の書で建てられた「石坂修治碑」
この辺りまで棚田の石垣跡が残る
防獣扉
民家(空家)の庭先を横切る
伏木集落の中を通る日田(中津)往還 ここから引き返す 14:05

大岩と戸山
坂ノ下に到着 14:56







