2018.10.03 長崎散歩 野母崎から樺島
昨夜は夜のグラバー園へ 7/20〜10/9までの夜間開園は午前8時〜午後9時30分までのはずが・・・?
グラバー邸まで降りてきたのが午後7時30分 まだ2時間はあると思っていたら
入場門の時間表示はそのままに 「入場者が少ないので俺たちは早仕舞いするぞ」みたいに
庭園の明かりを消したり雨戸を閉め始め 早く出てゆけと言わんばかり 仕方なく「そそくさと」退出し
長崎電鉄・大浦天主堂電停から新地中華街で乗換えて平和公園駅まで路面電車で移動
長崎市営松山町駐車場から今日の車中泊場所「道の駅・夕陽が丘そとめ」へ 距離23.6km約45分で到着
しかし またまた問題発生 男子トイレの照明がセンサー不良のため用足し中真っ暗に
仕方なく 次は多目的トイレに入るが 元の電源が切られているのか灯りがつかない
どうした「観光長崎」よ 大丈夫なのか? 少し病んでいないか!と心配になる
車中泊の目覚めは早い 目覚めは午前6時 すぐに移動開始 コンビニで朝食を調達して女神大橋へ
女神大橋 午前7時過ぎに到着 調達したサンドイッチを食らい せっかくなので大橋を「お散歩」
上下線ある歩道を使い大橋を往復 距離約3km 有料道路だが歩行者は無料 他にも早朝散歩する人あり
着工:平成6年(1994) 竣工:平成17年(2005) 供用開始:平成17年12月11日
3径間連続鋼斜張橋 橋長:880m 中央支間長:480m 主塔高:170m 4車線+両側歩道
長崎県長崎市野母町(のもまち) 権現山展望公園
掲示板には権現山自然公園と記され 海抜198.4mの権現山の頂上部にあり 遠くは鹿児島県の餌島を
見ることが出来る 風光明媚なことから野母半島県立公園に含まれ 10月・11月と2月・3月にかけて
ナベヅルやマナヅルなどの渡り鳥が訪れる
鎖国政策が進められた寛永15年(1638) 当地に幕府の遠見番所が設けられ 明治28年(1895)には
帝国海軍の望楼が設置された 第二次大戦当時は電探基地・高射陣地が設置され
終戦後の連合軍駐留時代に米軍のレーダー基地となり 現在は自衛隊が引き継ぎ使用している
掲示板に「日本本土最西端」と記されてはいるが 同じく本土最西端とする長崎県佐世保市小佐々町楠泊神埼の
神崎鼻は東経129度33分9.03秒にあり 野母崎の最西端地は東経129度44分8.38秒である
よって本土最西端は「日本本土最西端の碑」がある佐世保市小佐々町楠泊の神崎鼻ということになる
野母遠見番所制札 條々
●遠見番は念を入れて阿蘭陀船の入津帰帆の節は早速注進仕る可き事。
●異形の船、相見え候はば阿蘭陀船同前、注進仕る可き事。
●常々遠見番は油断なく、これを相守り若し不審なる船見出し候はば、即刻長崎へ注進致し、庄屋処へも
その趣をこれに申し聞けさせ、海上へ罷り出て、いよいよこれを見届け、重て注進仕る可き事。
●唐船の入津帰帆共に日本船へ近寄り候はば、早速乗りつけ相改め不審なる品、これあるに於いては、
右の船差留め長崎へ注進致す可き事。
附けたり。唐船の入津帰帆共に繋り船これある節は時を定めず、夜廻り仕る可き事。
●火の用心堅く相慎む可き事。
●公儀之外、私用として百姓猟師一切つかう事敷き事。
● 番所に遠見の者、並びに水主等の外、無用の一切差し置く可からざる事。
●喧嘩、口論堅く停止の事。●博奕、賭の諸勝負一切無用たる可き事。
右の條々堅くこれを相守るべし。若し違反の者、これあるに於いては、曲事たる可き事也。
元禄元辰年11月 長崎奉行
野母遠見番所は 外国船の長崎港出入りに対する海防上の通報機関であった 寛永15年(1638)に設置され
明治元年(1868)に廃止されるまで230年間続いた 当初は外国船を発見すると「野母御註進船」が
長崎へ通報に向かっていたが 元禄2年(1689)からは 合図によって小瀬戸遠見番所に通報し
小瀬戸から長崎奉行所に通報したといわれている

世界の平和を願う広島平和公園の「悲願の鐘」と呼応する夫婦鐘として
展望台の側に国境のない世界地図を表現して建立された 鐘を鳴らすたびに平和を願い
「まごころ」によって 国境のない世界を実現し 人類永遠の平和を樹立したいという願いが込められている
鐘を鳴らす「真心の発起」には かなりの力がいる 恋人の聖地にあるベルのように 簡単には鳴らない
香港1890km 札幌1630km 台湾1170km 東京950km 上海780km 沖縄720km 済州島280km
権現山々頂の日山神社 創建は平安時代の貞観13年(871)とされる古社
日山は火山に通じる 白雉21年(670)に烽火台が置かれ 烽火山や日野山と呼ばれてきた
現祭神の伊邪那岐尊(イザナギノミコト)は 熊野権現のひとつ速玉(イザナギ)と同一神


長崎市野母崎樺島町 樺島
周囲:7.5km 面積:約2.22平方km 樺島大橋で無人島の中之島を経由して長崎半島の脇岬と繋がる
島内には船に水を補給する湧水井戸が多くあり 川場島(かわばしま)という名が樺島と転訛したとされる
1. 脇岬町・脇岬海水浴場 2. 樺島大橋 3. 中島 4. 野母崎樺島町(中島・樺島) 5. 行者山(117.9m)
6. 口ノ鼻・樺島灯台 7. 唐人瀬 8. 樺島灯台公園下の展望台 9. 貝瀬
島の南端「口ノ鼻」にある樺島灯台公園
旧野母村の権現山としていたことから 名称を野母崎灯台としていたが
昭和28年(1953)7月に樺島灯台に改称された かつて2名の職員が常駐していたが 昭和46年に無人化

橋長:227.0m 幅員:7.5m 最大支間:152m
昭和53年(1978)に着工 7年の工期をかけて昭和61年(1986)に竣工したランガートラス式橋
長崎市宮崎町 川原大池公園
野母崎半島県立公園の中心に位置し 広さ13ha 周囲約1.9km 最大水深約9mの長崎県内最大の天然淡水湖
野鳥や淡水魚が多く生息し 一帯にはハマナツメをはじめとするオオクグ・テツホシダなど貴重な植物が多く
川原大池樹林として 長崎県指定の天然記念物になっている 湖畔に遊歩道が設置されており散策できる

川原大池の伝説
今より約千年程まえ、一条天皇の御代の話である。旧川原村の領主で川原(大蔵)大夫高満という者がいて、
武威高く、財力に富み、その勢力は近郷におよんでいた。
この領主高満に容ぼうすこぶる端麗な阿池(おろ)という娘がいた。この阿池姫が幼時に大山の地に遊び、
楠の大木を見て喜び、愛想の念をいだき忘れ得ぬまま数年が経過した。
高満はこの大楠を切り倒して船を作り、海に入れようとしたが、起請木場という所に来て俄に重くなり、
遂に動かすことができなくなり万事休していたところ「阿池姫を船に乗せ給わば」という者がいて、
試みに姫を美しく装わせ多数の家来を乗せることになった。
ところがそれまで全く動かすことができなかった船が姫を乗せたとたんに滑り出し、止まるところを知らず、
それと同時に大暴風雨が起こり、雷は響き、山は震い、地は裂けて一帯は修羅場と化し、一里四方の所
たちどころに池となり船は姫もろ共に沈んでしまった。
この変事以来池の辺気色すさましく、風雨止まることなくタ暮ともなれば附近一帯に妖怪が現われ
村人を悩ましたので高満はこれを深く憂い、人を熊野に遣し、阿闍梨智行を招き、池畔に祭壇を設けて
知澄大師作の不動尊を安置し妖怪退散の祭社祀を行ったところ満願の夜、五角の角を戴き眼光炯々と輝き、
燃える焔のような真紅の舌を出した長さ十五米余りもある大龍が現われしぶきをあげて池中に潜入したが、
直ちに女人に変り、現われて「吾れ遂に龍に化す、尊みて川原権現と称し、祭紀怠りなくば村に福祉あり、
疑うなかれ」といい忽然と消えた。そこで阿闍梨智行は台座を獅子に本体は文珠を顕し髪を五ツにたばね
五角の蛇相をかたどった守護神を自ら刻み池の東に宮祠を建立し安置した、それが現在の池の御前神社である。








