2010.04.13 大分県玖珠町大字森 清水御門庭園壱ノ橋

<地図>
豊後森藩1万4000石は江戸時代において3万石以下の無城大名であった
祖先は瀬戸内海・村上水軍の一団で 姓を来島と名乗っていたが後に久留島と改名している
無城大名であったにも関わらず古城角埋山の山麓に疑似城郭を建設することに代々力を注ぐ
飛び地であった別府明礬温泉での明礬製造により 藩財政は潤っていたが 城郭建設で領民を苦しめた
今も負の遺産として民衆の心に傷を残し 現在においても史跡としての整備も滞りがちである

清水御門(しみずごもん)
このあたりが お城仕立の境内の表玄関となっている 清水御門に向かって左側の土手からは年中涸れることなく
清水がわき出ている この清水は「玉水」と名付けられ お茶をたてるのに適した水といわれている
玉水の上の広場には清水茶屋があった 門を通り抜け石段を上ると玉濃井(井戸)があり
桜の馬場を通って三島宮(末廣神社)の拝殿前に到着する
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清水御門入り口の石橋
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文政13年の刻文字のある常夜灯と石橋
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