2017.04.29−05.02 山陰の旅 鳥取県境港市 水木しげるロード
4/30 道の駅 あらエッサ → 弓ヶ浜 → 大根島由志園 → 境港・水木しげるロード → あらエッサ車中泊
境港
境港は天然の良港で 日本海側の重要な港として栄えてきた街である 奈良時代には『出雲国風土記』に記された
夜見島にあったが 平安時代には砂州によって夜見島が米子と陸続きとなった
室町時代・応永5年(1398年)の『大山寺縁起絵巻』では 弓が浜(夜見ヶ浜)半島が描かれている
島根沖の隠岐島は後鳥羽上皇や後醍醐天皇の配流地として知られ 境港でも両天皇の伝承が今も残る
室町時代は 島根半島一帯が尼子氏の支配下に置かれたが その後の戦国時代には戦略上の重要拠点として
毛利氏をはじめとする戦国大名の争奪地となった 秀吉による天下平定後は 流通の拠点として発展した
地名の「境」は 古来より出雲国と伯耆国の境にあった事に由来している 安土桃山時代までは堺村と呼ばれたが
「境」の文字があてられて境村(さかえむら)となるのは 江戸時代に入ってからのことである
江戸時代には鳥取藩の領地となり 早くから藩の御番所がおかれた 文化年間以降は御廻米役所や
鉄山融通会所も設けられ 安来の鉄を諸国に分配する積出港として また 北前船の寄港地として賑わった
明治以後は国内航路の要港となり 明治29年(1896)には釜山・仁仙・元山との外国航路も開設された
第二次世界大戦後は まき網船団及び遠洋漁業の基地として発展し 水産加工業も栄えて今日に至る
弓ヶ浜半島は夜見ヶ浜半島とも呼ばれ 全長約17km 幅約4kmの砂嘴で 日本海の美保湾と中海を分け
北端部と島根半島との間に境水道がある 全体的に標高が低く 最高地点は米子市彦名町の粟嶋神社で
標高36mとなっている 神社と近辺にある標高10m程度の丘は全て島であった所で
これらを除けば山や丘は存在しない 外海にある白砂青松100選に選定されている美しい浜は弓ヶ浜や夜見ヶ浜
または 五里ヶ浜とも呼ばれている 防風林として松が植樹され 松原が浜に沿うようにして広がっている
高さ43mは 2017年3月1日に全日本タワー協議会により加盟施設の中で最も低いと認定された
館内には 「物産観光センターみなとまち商店街」や「多目的ホール」などもあり
敷地内には「みなと温泉ほのかみ」と「境港さかなセンター」が併設され 休日には人出も多い
弓ヶ浜から境港を経由し江島大橋で江島へ渡り 大根島の由志園に牡丹の花を見に行く
由志園を午前10時に出て境港に戻り 市営駐車場に車を止め境港と水木しげるロードを散策
2017.04.30 境港の散歩と「おさかなロード」・「水木しげるロード」
大根島の由志園でボタン見物(歳時記)の後 境港に戻り港と町中を散策
境港灯台は 明治28年(1895)11月に開設された木造六角洋式灯台であった
灯台の高さは9.09m 不動白光電幻−3500燭光で 約23kmの沖合まで光が届いた 美保関灯台よりも3年早く
山陰最初の歴史的な灯台であった 入港船に境港の入口を知らせ 長く郷土の発展に尽くしてきたが
昭和9年(1934)に消灯し 昭和40年(1965)に解体された この灯台は、平成3年(1991)3月に
新しい境港市の歴史と繁栄の象徴として旧地に復元されたものである
同じ明治28年に開設されて現存する山形県酒田市の灯台をモデルとした
全高:12.43m 2階展望高:約8.00m
境台場公園の駐車場は 境港駅から2kmと少し遠いため 何時も空いていて地元の人達がよく利用する
また 公園近くには「海とくらしの史料館」があり 自称「水の無い水族館」として
日本一の数を誇る 魚介類700種4000点の剥製を展示している
建物は明治期の酒蔵を改修したものだが 残念ながら微塵もふるさを感じさせない程の外観である

おさかなロード
境港おさかなロードは 海岸通りを中心とした「元気みなと商店街」が運営し メタルフィッシュ工房製作の
20点程の魚介類のオブジェを街角に展示する リアリティー溢れるオブジェは 一言で「美味そうである」
廃墟が点在する寂れた街並みには 「元気みなと商店街」の名は自虐的でもある
「日本の地方都市は いったいどうなるんだろう」という思いに駆られてしまう

「かにぎょちゃん」は、おさかなロードをもりあげるためのPRキャラクターとして、平成25年に
境小学校の児童によって作られました。境港でたくさん水あげされるクロマグロとベニズワイガニを
合体させたキャラクターで、鳥取県産の白ネギを持っています。







平成14年(2002)に無料化された後 平成19年(2007)には全ての渡船が廃止されている
水木しげるロード
境港は日本有数の漁業基地として栄え それに伴い商店街も発展してきたが モータリゼーションの到来や
大型店舗などの進出により衰退し 昭和の末にはシャッター街となってしまった
平成元年(1989)漫画家・水木しげるの出身地であることから 妖怪をモチーフにした銅像を設置する
「水木しげるロード」整備計画を定めた JR境港駅前から本町アーケードまでの全長約800メートルの歩道に
水木しげるの代表作『ゲゲゲの鬼太郎』に登場する鬼太郎やねずみ男など ブロンズオブジェ23体を設置し
平成5年(1993)7月18日にオープンした 当初 像の破壊や盗難などの被害に会い 事件が全国報道されたのが
幸いし県外での知名度が高まった その後はオブジェの数を順調に増やし 2017年4月現在171体となっている
いま大規模なリニューアル工事に着手し 2018年夏には完成予定である
その他 絵タイル・モニュメントなどを歩道に設置する他 「妖怪神社」や「妖怪ポスト」
「みずきしげる記念館」なども作られ 観光スポットとして多くの観光客を集めるようになった
JR境線にはラッピング車両の「鬼太郎列車」も走り 境線16駅全てに妖怪の愛称名が付いている
平成16年(2004)12月「美しい日本の歩きたくなるみち500選」に入選
平成18年(2006)5月には 水木しげるロード周辺の商店街が「がんばる商店街77選」に入選した
これには 本町アーケード商店街・松ヶ枝町商店街・西本町商店街・新道元町商店街が含まれる

境港市指定文化財 大港神社奉納石造物 平成14年7月1日指定
海上安全の神として知られる大港神社は、江戸時代には「八幡宮」と呼ばれ、
諸国の船持ち連中の信仰が厚かった。境内には、各地の船持ち連中や廻船連中から奉納された
数々の石造物があり、「ハ幡宮」への広い信仰と謝恩の歴史を伝えている。
拝殿前にある石鳥居は、江戸中期の寛保3年(1743)に「摂州脇浜浦」(現、神戸市)の「廻船中」から
奉納された、時代の古い石鳥居である。参道左右の長明燈一対は、「若州西津村」(現、福井県小浜市)の
「古川太夫教泰」が寛政7年(1795)に寄進。さらに参道入ロの巨石の手水鉢(水盤)は、
「丹後由良庄」(現、京都府宮津市)「船持中」が文化3年(1806)に寄進。いずれも
各国々から運ばれて来た見事な石造物であり、境港の近世の海上交通事情を知る上で重要な文化財である。
境港市教育委員会



妖怪ブロンズオブジェ
















今日はもう一度「道の駅あらエッサ」で車中泊する 入浴は皆生温泉おーゆ・ランド(400円)
明日は早朝から安来市広瀬町に移動する







