2017.02.19 長崎街道脇往還 塩田道 塩田宿

塩田津は 長崎街道の宿場町として また有明海の干満差を利用し塩田川の川港として
陶磁器の積出しや その原料となる天草陶石などの積下ろしなどで栄えた 江戸時代には
 蓮池藩統治の西目である塩田郷の拠点として繁栄し 街道沿いには町屋が軒を連ねていた
町後方の山腹には4つの寺があり 頭人役所や塩田学寮・藩主の休泊施設である上使屋が置かれていた
また 有明海沿岸に沿って伸びる多良街道起点の宿場町でもあったが 塩田川の度重なる氾濫により
旅人がそのつど足止めされたことを受け 宝永2年(1705)に塚崎(武雄)を経由する塚崎道がつくられ
塩田宿は本街道から外れてしまった しかしそれ以降も 天草で産出される陶石がここで荷揚げされ
陸路により有田や伊万里・波佐見町へと運ばれ 帰りの船には米や陶磁器などが積まれ
筑後大川を経て上方へ運ばれていった 町には廻船問屋や商家が立ち並び
周辺には和紙や鍛冶・石工の職人たちが住み 流通経由地及び商工業地として栄えた
古くは茅葺の町家が多い町並みであったと考えられるが 正徳元年(1711)の大火以降も火災や風水害に
度々見舞われたことから 茅葺から瓦葺・真壁造から大壁造へ替わり
寛政元年(1789)の大火以降は 居蔵家が普及し始め 文政11年(1828)の大風を契機に有力商家が
次々と大規模な居蔵家を建設していった こうして火災や風水害に強い「居蔵家」と呼ばれる
白壁土蔵造りの町屋による重厚な町並みが 江戸時代後期から明治期までに形成されていった
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明治38年(1905)2月に 祐徳馬車鉄道が宿場内に軌道を敷設するため 曳家によって道路が拡張された
大正4年(1915)12月には 日本初の電気鉄道となる肥前電気鉄道が 塩田−嬉野間で開業した
しかし昭和5年(1930)11月に 国鉄有明線が肥前浜駅まで延伸開業し 肥前鹿島駅が開設されたことで
翌年の4月29日に祐徳軌道(前:祐徳馬車鉄道)が 同年12月25日には肥前電気鉄道も廃止された
それ以降は 交通体系の変化に伴い集積地としての機能は衰え 嘗ての栄華は街並みに残すのみとなった
現在も 塩田石で作られた仁王像や恵比寿像などが町並みの各所に残され 歴史的な景観が保たれている
平成17年には 重要伝統的建造物群保存地区に選定され 以後 町並みの修理・修景が進められている
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江戸時代の塩田宿 1.札の辻 2.鹿島道追分 3.鹿島道 4.常在寺参道松並木
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昭和22年(1947)の空撮
1.塩田宿 2.鹿島道追分 3.塩田川 4.丹生神社 5.美野の渡し跡
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国道498号線 塩田下町バス停 塩田宿東端
国道498号線から右へ旧街道
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左は円田家(昭和初期)
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浄土真宗 高徳山 立傅寺
塩田津街並み交流集会所と鬼崎家
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鬼崎家 割烹ひろせ屋
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塩田津街並み交流集会所(旧検量所)
昭和24年に磁器の原料となる天草石(陶石)の集荷施設として建設され 肥前陶土工業協同組合の
事務所として利用された 天草石は船で運ばれ  塩田川の上流にある水車で粉砕され陶土にした
ここで作られた陶土は 有田・ 波佐見・三河内で生産される磁器の原料になっていた
昭和39年(1964)には 船から車に積まれる走行クレーンが設置され
さらに車ごと重量を量る検量所も隣接して建てられた
河川改修や鉄道の開通で 船での運搬はなくなり 昭和51年には川港としての役目を終えた
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天正14年(1586)創建 浄土宗 無量山壽経院 本應寺 楼門と石像の仁王像
庫裏奥の座敷に「お成りの間」があり 本陣として利用されたらしい
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門前の参道
本堂 延享元年(1744)建立
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井上家 大正時代の家
恵比須像

御蔵(蓮池藩米蔵)
文化10年(1818)に蓮池藩の米蔵が建造され 往時には三棟の蔵があった 蔵から浜へ通じる道を
「御蔵馬場」と称し 川港の荷揚場を御蔵浜と言った 後に陶磁器職工養成所が出来 現在地に移築された
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御蔵(蓮池藩米蔵)
御蔵井戸
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不良品の陶磁器(火鉢)
井上家の屋根
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御蔵井戸と垂れ梅
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御蔵馬場
西岡家附属屋
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松尾家(江戸末期)
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西岡家前
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西岡家
上福天神宮
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森山家(昭和初期)
小柳家・田崎家
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レトロ館
祐徳軌道跡と旧長崎街道の石碑(位置は不適切)
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消防車庫・消防団詰所(昭和15年)
古写真
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古写真
古写真
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大正期の塩田津
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塩田津最古の寺 真言宗 教王山 常在寺 石像仁王像 文政8年(1825)建立
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旧塩田川の御蔵浜
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旧塩田川の祠と地神・水神
タナジ(洗濯場と階段)
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西岡家 国指定重要文化財
 安政2年(1855)建築の二階建ての大型居蔵造りの町屋 天保15年(1844年)陶器商鑑札を受ける
廻船問屋として財をなし 天保14年(1843)には本應寺の石畳を寄進した
出人り口の潜り戸のついた吊り大戸やすりあげ戸 内部の大黒柱 各部屋の部材や意匠はすばらしく
天井の仕上げや欄間の組子・ふすま絵・釘隠し・床の間天井の漆塗りなど貴重な造りとなっている
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西岡家の前
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札の辻 旧長崎街道は左へ
旧長崎街道
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旧長崎街道の鉤手曲り
天満宮
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旧長崎街道
地蔵・弘法大師像・不動明王
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追分石跡(ながさきみち/左かしまみち)
塩田川 昭和40年代後半に河川改修
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堤防から見る「かしまみち」
かしまみち
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