2013.08.17 山口県防府市華浦(かほ)2丁目1 厳島神社神苑口橋

鞠生の松原は 高洲の松原と呼ばれていたが 秀吉の重臣・細川幽斎が 天正15年(1587)九州征伐の折
立ち寄ったこの松原で 「まりふの松原」と題して「白銀を敷きたらんようなる白砂に 丈高からぬ浦松の
老い屈まりたるが むらむら生きて・・」と景勝を和歌に詠んだ事からこの地名になったと伝えられる
ここは近世まで三田尻湊の地で 近くには長州藩御船蔵があり 萩往還の始点または終点でもあった
湊に隣接する松原の中に 海運の守護神である宗像女神の市杵嶋姫(いちきしまひめ)を祀った

鞠生の松原 松は近年植栽されたもの

神苑の入り口にある石桁と欄干の一部 本来の架設場所かは定かでは無い
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