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巨瀬川南堤防にある石橋で 護岸工事にともなう堤防拡張工事により新に新橋が架かり 現在は使われていない
説明案内掲示板もなく 保存目的でも無いようだが撤去されずにある
新橋の名前が「さくらはし」なので 旧さくら橋と勝手に命名した 流れる水路は古くおよそ千三百年以上の
歴史を抱える 上流域にハゼ並木があり 西側の歩道は星野村合瀬へと抜ける古道である
延寿寺曽根(えんじゅじそね)とハゼ並木について 吉井町の案内掲示板には下記の記述がある
曽根とは坂のある長い堤防道のことで、延寿寺曽根は谷山に水源を持った延寿寺川に沿っており、
昔の星野道として唯一の山越えのたいせつな役目を果たしていました。
延寿寺曽根の構築は大宰府の水城と同一手法で、耳納山麓下で最大のものです。
大化改新(645年)に行われた、条里制(班田法)の口分田への配水に開発されたものです。
ハゼ並木は、三百年来この地方特産の木蝋を生産し、江戸中期以降から昭和初期に至る金融活動を支えた
吉井銀(よしいがね)資金を産み続け、吉井町の白壁を連ねる重厚なたたずまいを形成することになりました。
ハゼ並木は若葉のころも見頃ですが、何といっても深秋の紅葉はすばらしいものです。
このように延寿寺曽根とハゼ並木は、先人の文化遺産です。たいせつに守り育てましょう。
吉井町
2009.11.19 福岡県うきは市吉井町北福益(キタフクマス) 旧さくら橋(勝手名)


牛鳴峠とハゼ並木
ハゼの木

大化改新まで遡る条里制の配水路と星野道 この最下流に橋はある

欄干は新橋のもの 河床はコンクリート張りだが 辛うじて石橋の下まで石積みが残されている


向こう側の道が「星野道」である
左の橋がさくら橋 新橋から護岸壁が変る

楔の跡も鮮やかな分厚い切石の桁


右岸側
左岸側


下流側新橋下から
新橋銘板