2016.08.11-14 久住・阿蘇・高千穂・椎葉・日向・大分の旅

08/14 蒲江から風連鍾乳洞へ

早朝 蒲江インターパークより「道の駅・かまえ」に移動し 直売所の開店を待ったが
目的のサザエがなく 店員に聞いてみたが「サザエねー」と言ったまま無視されたように覚えた
この不遜な態度に呆れ インターパークへ再度移動し無事サザエをゲットした 店員の「サザエねー」は
「サザエねぇ(サザエはありません)」の意味だったのか どちらにしろ二度と「道の駅かまえ」では買わない
雑然として不衛生な感じがするのと 開店時間から掃除をしたり・準備をしたりするのもどうかと思う
買ったサザエや干物をアイスボックスに詰め込み 少し気を持ち直して午前9時30分に再出発
風連鍾乳洞の駐車場には午前10時55分に到着した この夏 早くから納涼目的に鍾乳洞めぐりを企てていたのだが
小半(おながら)鍾乳洞が6月14日に発生した落石で閉鎖となり
稲積水中鍾乳洞は思ってもいなかった大混雑で駐車場にも入れず 結局「風連鍾乳洞」のみとなってしまった

大分県臼杵市野津町大字泊 風連鍾乳洞
大正15年(1926)2月14日に地元の波津久雲渓氏と青年団によって発見され 「風連洞窟」として
昭和2年(1927)4月8日に国の天然記念物に指定された 出入口が一方にしかない閉塞型の鍾乳洞のため
外気の侵入が少なく風化が抑えられてきた上に 発見されるまで人の出入りも無かったため
繊細に成長した鍾乳石の形状と 美しい白色とがよく保たれていた 1972年 社団法人日本ケイビング協会の
初代会長・山内浩によって 本洞を「日本で一番美しい記念物であり 代表的な鍾乳洞である」と評されている
鍾乳洞には新旧2つの洞があり 旧洞は奥行きが約500m 金世界・銀世界・龍宮城の3区域に分けられている
最も奥に広がる龍宮城の中心には 高さ10m・周囲16mの範囲に100本以上にのぼる石筍群がそびえ
競秀峰と呼ばれこの洞一番の見処である 旧洞発見の翌月に発見された新洞は 旧洞の山上約100mにあり
奥行きは約82mである 新洞は一般公開されていない

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大正15年の探検口と石碑 昭和3年3月建設内務省
現在の観光用入り口
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禊の手水?
縮緬模様の鍾乳石
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瑞雲の滝 高さ10m
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腰折れの滝 <ZUIUN NO TAKI>とか<KOSHIORI NO TAKI>とか外国の人には意味不明
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大正15年に発見された竜宮城
広さ:1000平方m(303坪) 海抜:200m 天井までの高さ:15m 気温:15度C
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◁ 竜宮城のパノラマ写真 ▷
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洞内中央の競秀峰 高さ:10m 周囲:16m 五百羅漢に見える
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黄金の仏閣 霊妙閣 石柱の高さ:7m
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不老の滝
幽香連峰
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霊妙閣
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楽園の「石筍群」
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瑠璃の殿堂
楽園の「石筍」
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昇天洞
白銀の城
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天井から下る「鍾乳石」
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天上界
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鍾乳帯
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鍾乳石群

風連鍾乳洞で充分に涼をとった後 稲積水中鍾乳洞に行くが駐車場に入れないほど超満員
仕方なく今回はパス 途中にあった石橋を巡って帰路につく

大分県豊後大野市三重町大字伏野字アミカケ 轟木橋
昭和6年(1931)4月架橋

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柱状節理と甌穴
露出した柱状節理

大分県豊後大野市三重町大字中津留 窟岩橋(ほげいわばし)
近くに奇勝の窟岩(ほげいわ)があるのでこの名が付いた ホゲとは方言で「穴」のこと
「穴をあける」はホガす 「穴があいた」はホゲた (自然に)「穴があく」はホゲる
大正15年春(1926)架橋

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現在 車は通行不可
窟岩(ほげいわ)
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(新)窟岩橋から見る

大分県豊後大野市三重町大字大白谷字久部 障子岩橋
大正12年(1923)5月架橋

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大分県豊後大野市清川町大字六種(むつくさ)字小原 清水橋
昭和13年(1938)7月架橋

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時間は午後2時過ぎ 今回の旅はここで打ち止め 地震の影響による通行止め区間を迂回して帰る

豊後清川−<R502>−竹田市−<R442>−久住瀬の本−<県40>−飯田高原−<県680>
−宝泉寺<R387>−玖珠町−<R210>−日田市

自宅到着は午後5時30分 まだ日は高いが 旅の無事を祝ってビールで乾杯!

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