日田彦山線

● 起点:日豊本線城野駅 終点駅:久大本線夜明駅 総延長距離:68.7km 駅数:24(起終点駅含む)
● 駅名:城野−石田−志井公園−志井−石原町−呼野−採銅所−香春−一本松−田川伊田−田川後藤寺−
     池尻−豊前川崎−西添田−添田−歓遊舎ひこさん−豊前桝田−彦山−筑前岩屋−大行司−宝珠山−
     大鶴−今山−夜明

歴史
小倉鉄道の前身である 金辺(きべ)鉄道株式会社は 明治29年(1896)小倉ー筑豊鉄道・下山田間の
営業仮免許を得て設立され 金辺隧道の工事に着手するも 経営破綻し明治37年(1904)会社を解散した
その後 明治38年(1906)金辺鉄道の債権者達が中心となり 小倉鉄道株式会社を設立 福岡県企救郡
足立村大字砂津に本社を置き 足立村 - 嘉穂郡熊田村(現在の嘉麻市)間の免許を再申請し 
金辺鉄道の既成・未成の鉄道施設一切を譲受け敷設権を継承する
大正4年(1915)4月1日 鹿児島本線・富野信号所ー上添田間を軌間1067mmで開業する
大正7年(1918)2月26日に 田川郡添田町ー日田郡日田町間の鉄道免許状を交付されるが 同年9月に
日田鉄道株式会社(詳細不明 後解散)に鉄道敷設権を譲渡する
大正13年(1924)8月25日付の国民新聞に次の一節が見られ 日田鉄道に対する期待感は大きかった
「筑豊の炭坑と小倉鉄道の使命」
(略)更に同社の延長線とも称すべき日田鉄道会社線は福岡、大分両県に跨る宝珠山炭田に於ける豊富なる石炭及
豊後日田並に沿道各地の林産地の搬出及旅客の運搬を目的とするもので、現在の小倉鉄道終点上添田駅より
彦山村を経て豊筑の国境たる大日嶽山脈に延長一哩余の大隧道を穿ちて筑前小石村に出で松米村、宝珠山村を過ぎて
豊後に入り筑後河の右岸に沿いて日田町に至るもので延長二十六哩八分あり、該線開通の暁小倉、日田両社
合併するとせば、筑豊を貫通する有望なる交通路の完成となり、従って両社の将来は洋々たるものがある

昭和18年(1943)国鉄に戦時買収され添田線となる 買収時の停車場は
富野連絡所・東小倉・妙見・城野・東城野・湯川(仮)・石田・志井・母原・石原町・木下・下呼野・
呼野・上呼野・丸山信号所・五反田・採銅所・宮原・鏡山・上香春・夏吉・
一本松・今任・上今任・柿原・梅田(大任)・伊原・豆塚・上添田(添田)と多い
<Link:小倉鉄道の蒸気機関車>
豊州鉄道とその後の田川線
遡る明治29年(1896) 豊州鉄道が行橋ー後藤寺駅間を開業しており 九州鉄道へ合併後
明治36年(1903)に添田駅(西添田)まで延伸した 明治40年(1907)の国有化後に国鉄田川線となる
昭和17年(1942)には 西添田から小倉鉄道添田駅を経由して彦山駅まで延伸した
彦山線の北伸
昭和12年(1937)に日田・夜明駅ー宝珠山駅間が彦山線として開通 昭和21年(1946)には大行司駅まで延伸
日田線の誕生から日田彦山線まで
昭和31年(1956)彦山ー大行司駅間開通 東小倉ー夜明駅間を日田線とした
同年 石田ー日豊・城野駅間が開通し日田ー小倉駅間の直通列車を運行 石田ー東小倉駅間は貨物専用線となる
昭和35年(1960)には香春ー大任ー添田駅間を分離し添田線とし 田川線の伊田ー添田駅間を日田線に編入して
日田線と彦山線を合わせ 日田彦山線(ひたひこさんせん)という 舌を噛みそうな路線が誕生した
この路線は 大正時代に設立された日田鉄道株式会社の計画路線を踏襲し 一部その買収地を用いたと思われる
昭和60年(1985)添田線が廃止 香春ー大任ー添田の路線は80年の歴史にピリウドを打つ
急行「あきよし」 かつて日田彦山線を経由して直接山陰へと向かう列車が存在した
昭和40年(1965)10月1日のダイヤ改正により 準急「あきよし」の運転経路に天ヶ瀬−石見益田駅間の
運行が追加された 浜田駅−東唐津駅間は美祢線・筑肥線経由 石見益田駅−天ヶ瀬駅間は山口線・日田彦山線・
久大本線経由となる 厚狭駅−小倉駅間は両編成を併結運転された
昭和50年(1975)3月10日のダイヤ改正により 山口線経由の急行「あきよし」が 急行「つわの」に変更され
急行「あきよし」は浜田駅−天ヶ瀬駅間(美祢線・日田彦山線・久大本線経由)の単独運転となった
昭和60年(1985)3月14日のダイヤ改正により 急行「あきよし」が廃止
昭和40年から20年間走り続けた 日田彦山線の特別列車は姿を消し 名実ともにローカル線となる

● 豊州鉄道
明治28年(1895)08月
行橋−伊田駅(田川伊田駅)開業
明治29年(1896)02月
豊州鉄道 後藤寺駅まで延伸開業
明治32年(1899)07月
川崎駅(豊前川崎駅)まで延伸開業
明治34年(1901)09月
豊州鉄道が九州鉄道に合併
明治36年(1903)12月
添田駅まで延伸開業 添田駅(西添田駅)を新設
明治37年(1904)10月
西添田−庄間の貨物支線を開業
明治39年(1906)01月
川崎−第二大任間の貨物支線を開業
明治40年(1907)07月
鉄道国有法により九州鉄道を買収・国有化
明治42年(1909)01月
後藤寺ー東身内谷・後藤寺−南の貨物支線を開業
明治42年(1909)10月
行橋 - 添田駅(西添田駅)間を田川線とする
昭和17年(1942)08月
添田駅を西添田駅に改称

● 小倉鉄道
大正04年(1915)04月
小倉鉄道が東小倉−上香春−今任−上添田駅間を開業
大正11年(1922)12月
上伊田停留場を駅に改める 昭和初期に上添田駅を彦山口駅に改称
昭和17年(1942)06月
彦山口駅を添田駅に改称
昭和18年(1943)02月
志井駅を新設
昭和18年(1943)05月
小倉鉄道を戦時買収し国有化 東小倉−添田間を添田線とする
 
上香春を香春に 梅田を大任に改称 妙見停留場を駅に改める

● 国鉄 田川線・日田線・彦山線
昭和12年(1937)08月
彦山線 夜明−宝珠山駅間を開業 今山・大鶴・宝珠山の各駅を開業
昭和17年(1942)08月
田川線 西添田−彦山駅間を延伸開業 添田(小倉鉄道駅)・豊前桝田・彦山の各駅を開業
昭和20年(1945)05月
田川線 川崎駅を豊前川崎駅に改称
昭和21年(1946)09月
彦山線 宝珠山−大行司駅間 (2.0km) を延伸開業、大行司駅を開業
昭和31年(1956)03月
彦山−大行司駅間を延伸開業 筑前岩屋駅を開業
 
東小倉−大任−添田−彦山−夜明駅間(68.5km)を日田線とする
昭和31年(1956)11月
城野−石田間(3.3km)旅客線として開業 日田線の旅客列車が小倉駅へ乗り入れを開始
 
東小倉ー石田間の旅客営業を廃止
昭和32年(1957)10月
香春−伊田間の現ルート(4.0km)が完成 城野−石田間の貨物営業を開始
昭和35年(1960)04月
日田線から香春−大任−添田駅間を添田線に分離
 
伊田−田川後藤寺−添田間を日田線に編入して 日田彦山線に改称
昭和37年(1962)10月
東小倉−石田駅間の貨物支線を廃止
昭和45年(1970)02月
豊前川崎−第二大任間の貨物支線を廃止
昭和49年(1974)12月
豊前川崎−第一大任間の貨物支線を廃止
昭和57年(1982)11月
伊田駅を田川伊田駅に 後藤寺駅を田川後藤寺駅に改称
昭和60年(1985)04月
添田線 香春−今任−添田間が廃止
昭和62年(1987)04月
国鉄分割民営化により九州旅客鉄道・日本貨物鉄道(城野−石原町)が継承
平成01年(1989)志井公園駅・平成09年(1997)一本松駅・平成20年(2008)歓遊舎ひこさん駅を新設
平成11年(1999)04月
日本貨物鉄道が城野−石原町間の第二種鉄道事業を廃止

● 日田彦山線の古い木造駅舎