2016.05.19 宮崎県延岡市 延岡城址 / 宮崎県日向市 馬ヶ背

今回の「車中泊の旅」は 延岡から日向へ2泊3日の旅
第一日目は 午後3時に出発し延岡の「道の駅・北川はゆま」へ 宿泊地の「道の駅」には午後7時に到着
翌日の二日目は 早朝から行縢山へ登り(山歩記・宮崎の山参照)正午に下山後 延岡市の城山公園へ
その後 日向市・日向岬の馬ヶ背と大御神社を散策して 「道の駅とうごう」で車中泊する


宮崎県延岡市東本小路 市指定史跡 延岡城跡
別名:縣城(あがた城)・龜井城
縣城(延岡城)は 縣藩主・高橋元種(もとたね)によって慶長6~8年(1601~1603)にかけて築かれた
元種は 筑前秋月氏の15代当主・秋月文種の次男として生まれ 天正6年(1578)に大友氏の家臣で
宝満および岩屋城主・高橋鑑種(あきたね)の養子となった 鑑種は天正7年(1579)に小倉城で病死した
天正15年(1587)豊臣秀吉の九州平定後 日向国の縣(延岡)5万3千石を与えられた
関ヶ原の戦いでは 西軍として臨んだが 西軍の敗戦を機に東軍に寝返り戦功を上げ 所領が安堵された

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掲示板の『有馬家中延岡城下屋敷付絵図』明治大学博物館所蔵
閲覧可能原図:https://ict-museum-meiji.tokyo/digitalcollection/criminal/001.html

歴代城主

初代城主 高橋元種
高橋元種は 延岡市松山町の松尾城を拠点として縣藩を立藩したが 鉄砲普及による戦法の変化に対応するため
五ヶ瀬川と大瀬川に囲まれた丘陵に日向最大の近世城郭を築いた 当時は縣城と呼ばれ 二つの河川を外堀とし
城内にも内堀がつくられた 城は 天守台・本丸・二ノ丸・三ノ丸からなる本城(城山公園)と
藩主の居館である西ノ丸(内藤記念館・亀井神社)の二郭で構成され 門や櫓などが整備された
なかでも ニノ丸にそびえる高さ22m・総延長約70mの石垣は「千人殺し」と呼ばれ 本城郭を代表する石垣で
礎石の一部を外すことで崩れ落ち 一度に敵を千人殺すと伝わることから その名が付けられた
慶長18年(1613)に元種は幕命により改易され 城は一時幕府預かりとなった

二代目城主 有馬氏3代
高橋元種に代わって肥前国日之江(長崎南島原)の有馬直純が二代目城主として5万3千石で入封した
直純の嫡男・康純の代である承応元年(1652)からに 城の大改修が行われ
三階櫓・二階門櫓などが完成した 翌年には 竣工を記念して今山八幡宮に楚鐘(時鐘)が奉納された
天和2年(1682)康純の嫡男・清純の代に 火災のため三階櫓などが焼失し 以後三階櫓は再建されなかった
元禄4年(1691)清純は無城の越後国糸魚川藩に転封となり さらに越前国丸岡藩に移封された

三代目城主 三浦明敬(みうらあきひろ)
元禄5年(1692)日向国初の譜代大名として 三浦明敬が下野国壬生藩から2万3千石で入封した
以降 藩名に延岡が多用されるようになった 明敬は 正徳2年(1712)に三河国刈谷藩に移封された

四代目城主 牧野氏2代
正式藩名が延岡となる 正徳2年(1712)幼少の牧野成央(なりなか)が三河国吉田藩から8万石で入封したが
享保4年(1719)にわずか21歳で早世した 家督は徳川綱吉の側近で義祖父・牧野成貞(なりさだ)の長男
牧野貞通(さだみち)が継いだが 延享4年(1747)に常陸笠間藩に転封となった

五代目城主 内藤氏8代
延享4年(1747)陸奥国磐城平藩から内藤政樹(まさき)が7万石で入封した 明治4年(1871)の廃藩置県まで
政樹(まさき)-政陽(まさあき)-政脩(まさのぶ)-政韶(まさつぐ)-政和(まさとも)
政順(まさより)-政義(まさよし)-政挙(まさたか)の内藤家8代の治政が続いた

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藩主の居館 三ノ丸跡
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石御門跡
三階櫓廻りの石垣

石御門跡
延岡城の大手口(北大手門)に対する搦め手(裏口)に相当する 城山公園南駐車場付近から延びる旧登城道を
登った地点にあり 岩盤を削って門が造られ両側に岩肌が露出していることからこの名称がついたと思われる
また 真上には侵入する敵を攻撃しやすいように三階櫓廻りの石垣を巧みに配置している他
大手口に侵入する敵から逃れるルートにもなっていた

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三階櫓跡地
天守台跡
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鐘守官舎と鐘つき堂
桜と鐘つき堂(出典:延岡観光協会)

城山の鐘
明治11年(1878)から時鐘として戦前までは毎正時24時間撞かれてきた 過去100年以上は同じ家が代々
携わってきたが 現在の鐘守は延岡市が公募し選任された夫妻である 今は 6時から17時まで2時間毎に
一日に6回自動式機械によるものではなく「鐘守」によって撞かれている これは全国を通じ延岡のみである
現在の鐘守夫妻は 明治より数えて7代目となり「鐘つき堂」隣の宿舎に住んでいる
毎年6月10日の「時の記念日」には 時を告げる鐘と鐘守夫妻に感謝する「城山の鐘まつり」が開催される

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天守台の桜
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天守台から見る大瀬川と大煙突 現在は煙突の主・旭化成の企業城下町

内藤家文書の「有馬家中延岡城下屋敷付絵図」によると 「天守台」とあるが天守閣はみられない
これは 天守閣がない南九州の近世城郭の特色にもなっている また 明治初年頃の絵図には鐘つき堂の
前身となる太鼓櫓があったとされるが 明治10年(1877)の「西南の役」で焼失した。

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本丸跡地 最後の藩主・内藤政挙(まさたか)像
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本丸の石段
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二ノ丸と市立図書館・五ヶ瀬川
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二階門櫓跡地
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千人殺しの石垣
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二ノ丸城山児童遊園地 千人殺しの石垣と管理事務所・公衆トイレ
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平成5年(1993)復元の北大手門

宮崎県日向市大字細島 馬ヶ背
九州の東海岸には「日豊海岸」と「日南海岸」の2つの国定公園がある その内 日豊海岸国定公園は
北部の大分県佐賀関町から始まり 南へ延岡市・門川町を経て日向市の美々津七ツバ工まで延長70数kmに及ぶ
海岸線の磯と島である この日豊海岸国定公園の南端に位置する日向市の美しいリアス式海岸は
日向市南部を流れる耳川の河口付近を起点として 南から北へ 権現崎公園・美々津海岸・平岩〜伊勢ヶ浜
細島半島南部〜日向岬一帯〜門川町の遠見山へと 延々20kmにわたる柱状節理の海岸が続いている

日向市の海岸は 白砂青松の砂浜と柱状節理(柱状岩)海岸とから成っている
特に「日向岬」の柱状岩では 大御神社の斜柱・干畳敷の金扉風・銀展風 ・小松崎の孤立石柱や塩屋崎の板状岩など
数多くの岩種が見られ 中でも圧巻は 日向岬(細島半島)の突端に位置する馬ヶ背の
奥行き200m幅10mの海水路の両岸に 高さ70mで垂直にそそり立つ柱状節理の断崖絶壁である
ここは 太平洋の水平線を広く見渡すことのできる景勝地として日豊海岸国定公園を代表する観光地でもある
これらの絶壁は 約1500万年前の火山噴火により流出した溶岩が冷え固まった後 波に浸食されて形成されたもので
溶結凝灰岩による柱状節理としては 国内最大規模といわれている

「日豊海岸国定公園」の柱状節理岩は 立体的で見るからに荒々しさが特徴で
「日南海岸国定公園」の「鬼の洗濯岩」といわれる波状岩が 平滑な感じであるのとは対象的である

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国土地理院空中写真 2009年撮影 日向市大字日知屋・細島半島

馬ヶ背観光案内所に隣接する駐車場から遊歩道が整備されており 細島灯台なども巡ることができるほか
馬ヶ背へ向かう手前の展望台からは 馬ヶ背のそそり立つ断崖絶壁を眺めることができる
「馬ケ背」の名称は 盛りあがった岩肌を海から見ると『馬の背中』に似ていることから名付けられた

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駐車場の馬ヶ背茶屋
自然林の遊歩道
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断崖に囲まれた海水路
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倒れた柱状岩がある人跡未踏の断崖上部
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高さ70mの断崖
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海水路の最奥部
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宮崎県日向市大字細島 細島灯台
灯台のある細島は 日向市東部の半島で北側に天然の良港を形成し 古くは宋・明との貿易寄港地として栄えた
江戸時代 日向国の諸大名は 参勤交代に細島から大阪間を御座船で渡航したといわれ 当時 既に常夜灯が
設置されていたと伝わる 明治末期には 海運の発展に伴い細島港の整備が進み 宮崎県が木造灯台を建設して
明治43年(1910)5月10日に初点灯した その後火災により焼失し 同年12月に六角形の煉瓦造に改築された
昭和15年(1940)12月に国へ移管され 翌・昭和16年にコンクリート造に改築された 戦時下で予算枯渇のため
灯台建設には 地元青年団による無給の勤労奉仕が行われた 平成3年(1991)の改良工事で現在の姿になった

施設の概要
位置:北緯32度25分25秒 東経131度41分08秒 光源と点灯法:単閃緑白互光 毎10秒に緑一閃光と自一閃光
光度:白光 110,000カンデラ 緑光 100,000カンデラ 光達距離:19.5海里(約36km)
塔高:地上 11.43m 灯火標高:101.00m

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願いが叶う「クルスの海」
波の浸食作用により裂け目が「十字架」に また漢字の「叶」に見えることから名付けられた

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願いが叶い十字架があれば 必然的に恋人の聖地となり鐘が備えられることとなる「今日この頃」

宮崎県日向市大字日知屋 大御神社
祭神:天照大御神 別名「日向のお伊勢さま」と呼ばれる古社

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神殿全景 背後はボウズ山
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柱状節理の親亀岩
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子亀岩と奥に孫亀岩
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入江の左右に 孫・子・親 三代の亀岩
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子亀岩を俯瞰
神社に隣接する「日知屋城址」の石段
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大御神社・摂社 鵜戸神社岩窟
奥から外を見ると「昇り龍」に見える

今日の宿泊地は 国道327号線を西へ約16kmの「道の駅とうごう」
いっき東郷ショッピングセンターが隣接し ショッピングセンター内にスーパー「やまさ」と酒店があるので便利
しかし近辺に「立ち寄り湯」が無いので少し残念

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