肥薩線

● 起点:鹿児島本線八代駅 終点駅:日豊本線隼人駅 総延長距離:124.2km 駅数:28(起終点駅含む)
● 駅名:八代−段−坂本−葉木−鎌瀬−瀬戸石−海路−吉尾−白石−球泉洞−一勝地−那良口−渡−西人吉−
     人吉−大畑−矢岳−真幸−吉松−栗野−大隅横川−植村−霧島温泉−嘉例川−中福良−表木山−
     日当山−隼人

歴史
現在の肥薩線は 明治42年(1909)から18年間・鹿児島本線として重要な路線であった その後西海岸川内ルートの
全線開通により ローカル鉄道となった しかし熊本−宮崎の最短ルートとしての需要もあり 戦後は準急の
「くまがわ:門司−人吉」「えびの:熊本−宮崎」「からくに:出水−宮崎」「やたけ:熊本−西鹿児島」が運行され
後急行に格上げとなった 昭和49年(1974)には 特急「おおよど:博多−宮崎」が投入されたが
押し寄せる「モータリゼーション」と 航空輸送との競合により全て廃止となった

球磨川上流域の「人吉盆地」と 加久藤カルデラにある「えびの市」の間にはカルデラ外輪山がそびえ 古来より
難所のひとつに数えられている この難所峠は矢岳越と言われ ループ線1ヶ所 スイッチ・バック 2ヶ所で越える
特に大畑駅はループ線の中にあり スイッチ・バックも併せ持つ日本唯一の駅である
敢えて難所のある内陸部に鉄道を敷設した理由は国防上の理由からだといわれる
当時の軍事力の中心は艦船と歩兵であり 海岸部の鉄道敷設は艦砲による攻撃を想定し計画が排除された
日清(1894-1895)の戦争があったことも 要因のひとつである

日本鉄道史を紐解けば 19世紀の明治5年(1872)東京・新橋−横浜の鉄道開業から
明治22年(1889)の新橋−神戸開通 明治24年(1891)には上野−青森が開通した
20世紀に入り 明治34年(1901)に山陽鉄道による神戸−馬関(下関)の開通など鉄路の延伸が続き
同年・関門鉄道連絡船が山陽鉄道により運行開始され 青森から熊本八代間が鉄路で結ばれた
明治39年には主要な幹線が国有化され 明治42年(1909)最後の難関であった矢岳越の開通により
青森から鹿児島まで鉄路で結ばれることになった これらは国内兵力輸送の観点からも重大な国策と言えた
ただし民生需要において二次的に着工された川内ルートに 18年後幹線の座を奪われることになってしまう

● 九州鉄道(門司−八代)
明治22年(1889)12月
九州初の鉄道が 民営の九州鉄道により博多−千歳川仮駅(筑後川北岸)間が開業された
明治29年(1896)11月
門司(門司港駅)−八代駅間が全通した

● 鹿児島線(鹿児島−吉松)・人吉線(門司−人吉)・鹿児島本線(門司−人吉−鹿児島)
明治34年(1901)06月
官営鉄道鹿児島線 鹿児島−国分駅(隼人駅)間が開業
明治36年(1903)01月
官営鉄道 国分(隼人駅)−横川駅 延伸開業 嘉例川・横川駅が開業
明治36年(1903)09月
官営鉄道 横川−吉松駅 延伸開業 栗野・吉松駅が開業
明治37年(1904)
日露戦争勃発 戦争により人吉−吉松間工事凍結
明治38年(1905)
日露戦争終結 人吉−吉松間工事凍結解除
明治40年(1907)07月
九州鉄道 買収により門司−八代駅間が官営鉄道・八代線となる
明治41年(1908)06月
八代−人吉駅間開業 八代線を人吉線と改称 坂本・白石・一勝地・渡・人吉の各駅開業
明治42年(1909)10月
人吉本線と改名
明治42年(1909)11月
人吉−吉松駅間開業 門司−鹿児島間全通し鹿児島本線となる 矢岳駅・大畑停車場を開業
明治42年(1909)12月
大畑停車場 旅客貨物取り扱い開始 大畑駅となる
明治44年(1911)03月
真幸停車場開設 5月から旅客貨物取り扱い開始 真幸駅となる
大正02年(1913)03月
那良口駅 貨物駅から旅客貨物取り扱い駅に変更
大正05年(1916)09月
表木山信号場新設 大正9年(1920)10月に表木山駅として開業

● 川内線(鹿児島−水俣)・肥薩線(八代−湯浦)
大正02年(1913)12月
川内線の鹿児島駅−串木野駅間が開業
大正03年(1914)06月
川内線 川内町駅(現:川内駅)まで延伸開業
大正11年(1922)10月
川内線 阿久根駅まで延伸開業
大正12年(1923)07月
肥薩線として 八代−日奈久駅間が開業
大正12年(1923)10月
川内線 米の津駅まで延伸開業
大正13年(1924)10月
宮之城線の開業により 川内線を川内本線に改称
大正14年(1925)04月
肥薩線 佐敷駅まで延伸開業
大正15年(1926)07月
川内線 水俣駅間まで延伸開業
大正15年(1926)09月
肥薩線 湯浦駅まで延伸開業
昭和02年(1927)10月
湯浦駅−水俣駅間開通 八代−川内−鹿児島間を鹿児島本線に編入
 
八代−人吉−鹿児島間は肥薩線となる 全線開通から僅か18年で幹線の座を譲る
昭和07年(1932)12月
小倉−都城−隼人−鹿児島駅間が日豊本線になり 肥薩線の終点は隼人駅になる

● 肥薩線の古い木造駅舎