2025.10.28 島根県浜田市 広浜鉄道 今福線の橋脚群
広浜鉄道今福線は 大正11年(1922)4月に公布された改正鉄道敷設法に 陰陽連絡線として明記された路線で
広島と浜田を結ぶ鉄道の島根県側ルートとして 昭和8年(1933)建設に着手された しかし下府-石見今福間が
ほぼ完成した昭和15年(1940)に 第二次世界大戦によりやむなく中断され
終戦後に工事が再開されるも 流通や交通を取り巻く社会情勢は 大きな変化を迎えようとしていた
日本国有鉄道は 多数の赤字路線を抱え慢性的な赤字経営を抱えて苦悩していたが
昭和39年(1964)に設立された日本鉄道建設公団が提示した今福線の新計画案は 広島浜田間全コース・89kmの
89%をトンネルとし 橋梁や高架も併用して 成功を収めた東海道新幹線を彷彿させるような高速鉄道を敷設して
ノンストップ特急によって広島-浜田間を55分で結ぶというもので 冷静に考えれば実現不可能なものであった
しかし 当時の国鉄はこの案を採用 今福と旭町・三段峡駅近辺にて着工し 昭和50年前半に一部施設が竣工した
昭和55年(1980)12月27日 日本国有鉄道経営再建促進特別措置法が公布され工事を凍結
昭和62年(1987)4月1日には日本国有鉄道改革法等を施行 国鉄の分割民営化が図られ 西日本旅客鉄道が発足
大正11年(1922)4月11日に公布された改正鉄道敷設法を廃止 陰陽連絡線敷設の法的根拠が消滅した
工事を引き継ぐ事業者もなく未成線として終結し 残された橋梁等の施設は 平成20年(2008)に土木学会から
「今福線コンクリートアーチ橋群」として選奨土木遺産に認定された
先人が渇望した陰陽連絡線は 平成3年(1991)12月に開通した浜田自動車道が引き継ぎ 広島と浜田を結ぶ
広浜鉄道の名は 昭和6年(1931)7月1日に設立された 国鉄可部線の前身「広浜鉄道株式会社」が元となる
島根県浜田市下府町855 山陰本線 下府駅(しもこうえき)
大正10年(1921)9月1日に国有鉄道の山陰本線が都野津-浜田駅間を延伸開業するのに伴い開業
今福線は下府駅下りホームの3番線から建設工事が開始された
下府・上府は石見国府があったことから名付けられたと考えられ 駅の北にある伊甘神社が国府の跡地とされる
古くは 石見国の中心地で「中」と呼ばれたが 佳字二字令により「那賀」と改められた
後の律令制で那賀郡伊甘郷と称され 伊甘は「イカム」の当字だが 現在では「いかん」と発せられる
古代山陰道では伊甘5疋と明記され 下府に駅(うまや)が置かれたことが解る
1.伊甘神社(石見国府跡地) 2.山陰街道と下府(下ノ浜集落) 3.山陰本線 4.下府駅 5.光明寺の切通し線路
6.今福線道床 7.篠山城址(14世紀・南北朝時代) 8.下府川 9.今福線上府駅予定地
今福線は右側下り線ホームの三番線に発着するはずであった ホームの先・山裾に切通し跡がある


基礎工:鉄筋コンクリート 基礎根入:天端から6.47m
着手:昭和44年12月16日 しゅん功:昭和45年3月31日
1.丸原天満宮 2.県道5号浜田八重可部線・標高約237m 3.丸原トンネル(120m)今福側抗口
4.白角橋梁 5.寺廻橋梁 6.御神本トンネル(80m) 7.御神本橋梁 道床は標高約260mに有り







