大分県竹田市九重野  音無井路十二号分水(円形分水)

音無井路円形分水
円形分水の歴史(現地掲示板)
1693年 井路開削計画
1715年 着手したが通水に至らず諸般の事情で中止(元禄6年)
1892年 現在の円形分水まで通水(明治25年)
1934年 円形分水(12号分水)竣工(昭和9年)
1984年 土地改良施設維持管理適正化事業により原形通り改修(昭和59年)
〔技術的特徴〕円形分水
〔文化的特徴〕イベント等 水神祭(毎年4月10日)頃
伝説
頭首工から円形分水に至約2000mの暗渠に12箇所の窓(ズリ出しの跡)があることから 12号分水という
円形分水のできるまでは 三線の幹線水路に導入される水の分配で 互い反目しあい 組合員が騒動を起こし
連日のように水争いが繰り返された このようなことから円形分水が施行され 適正な分配ができるようになった
円形分水は知恵の結晶とも言える 水利慣行:毎年4月に通水を止め用水路の清掃及び年2回の草切りを行う
水は農家の魂なり  音無井路土地改良区
水源は大谷川で吐水量は毎秒0.7トン 出水孔は20ヶ所あり耕地面積に比例した水量が割り当てられる