吉井町の案内掲示板より(編集)
曽根とは坂のある長い堤防道のことで 延寿寺曽根は谷山に水源を持った延寿寺川に沿っており
昔から唯一の山越え星野道として たいせつな役目を果たしていた
延寿寺曽根の構築は大宰府の水城と同一手法により築かれたもので 耳納山麓下では最大のもので
その目的は
大化の改新(645年)に行われた 条里制(班田法)口分田への配水のために構築されたものである
ハゼ並木は江戸時代に植栽され 三百年来この地方特産の木蝋生産の原木として 江戸中期から昭和初期に至るまで
生産販売による経済活動を支えてきた 吉井銀(よしいがね)と呼ばれる資本金を産み続け
吉井町の白壁を連ねる重厚なたたずまいを形成することとなる
古代の延寿寺曽根と近代のハゼ並木は 共に先人の文化遺産である