2013.12.06 和泉市池上曽根史跡公園
大阪へ帰る度に いつも素通りしていた池上曽根遺跡に 散歩を兼ねて行ってきました
史跡公園は 大阪府和泉市池上町4丁目にある
大阪府和泉市池上町から泉大津市曽根町にかけて広がる池上曽根遺跡は、南北1.5km、東西0.6km、
総面積60万uと全国屈指の規模をもつ弥生時代の集落跡です。集落の周囲が大きな溝で囲まれていたことから、
環濠集落と呼ばれています。弥生時代前期から後期(紀元前3世紀〜紀元後3世紀)にわたっで営まれ、
中期(2200年〜2000年前)にもっとも栄えました。遺跡は地元、池上町の南繁則氏(1888年〜1969年)によって
明治36年(1903)ころに発見されました。その後、第2阪和国道(国道26号)建設の事前の発掘調査によって
重要な遺跡であることがわかり、地道な保存運動をへて、昭和51年(1976)、集落の中心部分11.5haが
国史跡に指定されました。平成2年(1990)には史跡整備計画が立てられ、平成7年(1995)から
文化庁補助事業の地方拠点史跡等総合整備事業(歴史ロマン再生事業)により本格的な公園整備が行なわれました。
平成13年(2001)、指定地全体の約1/3にあたる3.5haが史跡公園としてオープンしました。
園内には弥生時代最大級の建物である「いずみの高殿」、クスノキの大木をくりぬいた「やよいの大井戸」をはじめ、
環濠や竪穴住居が復元され、都市的とも言われる池上曽根遺跡の姿が再現されています。

「まつりの場」と「生産の場」からなる中心施設
池上曽根遺跡では、巨大な建物と井戸を中心とする「祭祀(まつり)の場」や、ものづくりに関わる各種の
「生産の場」が集落の中心部で営まれていました。重要な「まつりの場」を取り巻くように
「生産の場」が設けられていたことから、ものづくりが特別に扱われていたことがわかります。
80畳の大きさを誇る高床建物(いずみの高殿)と、その南側の直径2.3mのクスノキをくりぬいた
巨大な井戸(やよいの大井戸)。周囲にはていねいに石器や土器が埋められ、
ここで様々な祭祀(まつり)が行なわれていたことがわかりました。
「まつりの場」の遺構は正方位に合わせて築かれ、中国からの影響が見受けられました。
「まつりの場」に接して鉄器、青銅器、石器などを作っていた工房が「生産の場」として設けられていました。
「まつりの場」と「生産の場」は立柱と溝で別けられていました。「生産の場」には作業所としての小さな
建物が建てられていましたが、住居はなく、自然この浅い谷により、住まいと工房も区分けされていました。
直径2.3mの楠を井筒にした日本最大のくりぬき井戸 井戸に屋根を伴う最古の例
東大阪市から寄贈された楠で井筒を復元
80畳敷きの広さを持つ 高床式建物「いずみの高殿」
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