2009.08.25 奈良県奈良市 ならまち散歩

奈良町(ならまち)は 和銅3年(710)に藤原京から遷都された平城京の外京として整備されたことに始まる
平安京に遷都された後の中世以降 現在世界遺産に登録されている元興寺境内を中心に
筆・墨・蚊帳・晒・布団・刀剣・酒造・醤油醸造など様々な製造業や問屋の町が形成され「南都七郷」と呼ばれた
江戸時代になって「屋地子帳改め」の町割りにより100町が定められ その総称として「奈良町」の名が当てられた
慶長18年(1613)に奈良町は天領となり奈良奉行所が設置された 後に奈良町近隣の寺社境内地であった
高畠・紀寺・木辻・三条の各村と幕府領の城戸・油坂・杉ヶ町・芝辻・法蓮・京終・川上・野田の八ヶ村も含む
広大な区域が奈良町と呼ばれるようになり関西を代表する商工業都市として発展した
第二次世界大戦では空襲を免れ 敗戦後は奈良市旧市街地として栄え現在に至る
現在では「奈良町」という行政地名はなく 上記に記される旧市街地の通称として今に伝わる

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奈良町絵図
江戸時代中期の手書き絵図 町名や寺社名 川や池・水路・町木戸の位置などが細かく描きこまれている
町の周囲を柵で囲み町場と農村域が分けられている この囲いは「鹿垣(ししがき)」と呼ばれ
鹿の食害から農作物を守るために設置されたものである
奈良市HP/史料保存館デジタルギャラリー https://www.city.nara.lg.jp/site/bunkazai/99017.html

ただし「ならまち」と平仮名で呼ばれる区域は 1990年4月に奈良市より奈良市都市景観条例に基づく
「奈良町都市景観形成地区」の指定を受けた地域で およそ旧元興寺境内地内を指す

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上図の部分拡大 旧元興寺境内地内および隣接地
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奈良市元林院町 舟地蔵と嶋嘉橋
猿沢の池南西角に位置し 率川(いさがわ)に架かる石橋 率川は大半が暗渠となり猿沢の池南に
僅かにその流れを見ることが出来る 平城京上ツ道 後の伊勢街道起点にあり
架橋は明和七年(1770)庚寅年五月吉日とある 橋より西に位置する椿井町嶋屋嘉兵衛が私財を投じて架設し
嶋屋嘉兵衛の名を取り「嶋嘉橋」と名付けられた
上流川中に船のような中州が築かれているのは 橋脚に当たる水圧を下げる目的で水流を分流するために設けた
明治の廃仏毀釈で川に捨てられた石像を中州に集め船に乗る地蔵として祀った 以来信仰を集め現在に至る

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嶋嘉橋
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率川(いさがわ)舟地蔵
明和七年庚寅年五月吉日 椿井町施主嶋屋嘉兵衛
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嶋嘉橋は伊勢街道の起点 上街道(古道上ツ道)を経て桜井で初瀬街道と合流
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古都に似合う猫
鹿もまた「然り」
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奈良市雑司町 二月堂裏参道
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奈良市雑司町 二月堂坂
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宝珠院裏門と地蔵の辻
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奈良市雑司町 手向山八幡宮(たむけやまはちまんぐう)
天平勝宝元年(749)に東大寺建立にあたり宇佐八幡宮より東大寺の鎮守神として八幡神を勧請
現在の祭神は 応神天皇・姫大神・仲哀天皇・神功皇后・仁徳天皇
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白蛇(はくだ)川橋 左は手向山八幡宮境内 直進は若草山へ 右は大仏殿に下る道
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奈良公園 百日紅(サルスベリ)と鹿
馬酔木(アセビ)は鹿の食害に遭わないが 百日紅の花は食べる ただし花以外の樹皮や葉は好みではない?
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奈良市春日野町 飛火野 和銅5年(712)烽火台が置かれ万葉集にも「飛ぶ火」と読まれる
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奈良市高畑町 鷺池の浮見堂
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天平時代の767年に春日大社が創建され 主祭神の建御雷命(たけみかづちのみこと)が鹿島神宮から遷る際
白鹿に乗ってきたとされ 野生の鹿が神鹿(しんろく)と尊ばれ 以来春日社や興福寺から保護された
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元興寺
南都七大寺の一つ 奈良時代には東大寺・興福寺と並ぶ大寺院で 法相宗の道場として栄え東大寺や興福寺と並ぶ
大伽藍を誇っていた 中世以降次第に衰退し現代では元興寺と名乗る寺院は 中院町の真言律宗元興寺極楽坊次と
芝新屋町の華厳宗元興寺に分かれている 前者は西大寺の末寺 後者は東大寺の末寺である
別に元興寺起源の寺として西新屋町に真言律宗の小塔院があるが 現在は江戸時代に建立された虚空蔵堂のみ建つ
中院町の元興寺内に かつて「国宝の五重小塔」を安置する堂が在ったことから
昭和40年(1965)国指定の史跡「元興寺小塔院跡」に指定されている
これら寺院のいずれも 蘇我馬子が6世紀末の飛鳥時代に建立した日本最古の本格的寺院である法興寺が
起源とされる 法興寺は和銅3年(710)平城京遷都に伴い 養老2年(718)に飛鳥から新都へ遷され
元興寺となるが 法興寺も廃寺とされず元の明日香に残り今日の飛鳥寺となった
寺域は南北4町(約440m)東西2町(約220m)と南北に細長く 猿沢の池南の現在奈良町と称される地区の
大部分が境内であった 旅館猿沢荘のある池之町が北東端 鳴川町安養寺あたりが南西端にほぼ一致する
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奈良市芝新屋町 奈良上街道 左側は元興寺塔跡
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奈良市元興寺町 ならまち格子の家
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江戸時代末から明治時代にかけて「ならまち」に点在した町家をモデルに新しく建てられた施設
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ならまち格子の家 二階 板の間
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ならまち格子の家 手水鉢
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創業安政元年(1854)の砂糖商 砂糖傳増尾商店
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奈良市西新屋町 庚申堂
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奈良町資料館の身代わり猿
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奈良市高御門町 東六坊大路 創業明治8年(1875)の染織呉服店 二塚染物工芸
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