2016.07.27 島根県益田市飯浦町 旧飯浦小学校 / 山口県萩市須佐高山 須佐ホルンフェルス
旧美濃郡飯浦村
地名の読みは「いいのうら」である 江戸時代は石見津和野藩領であったが 明治維新後は
山口藩預・大森県・浜田県と目まぐるしく変わり 明治9年(1876)の第2次府県統合により島根県の管轄となった
明治12年(1879)行政区として美濃郡が発足 明治22年(1889)4月の町村制の施行により
戸田・喜阿弥・小浜・飯浦の4村が合併して美濃郡小野村となった
昭和16年(1941)益田町(益田本郷村)・吉田町(吉田村)・高津町(高津村)が合併し美濃郡石見町が発足し
昭和18年(1943)石見町が改称して美濃郡益田町となった
昭和27年(1952)この益田町と安田・北仙道・豊川・豊田・高城・小野・中西の7村が合併して益田市が発足し
飯浦地区も益田市域となった 平成16年(2004)には 美都・匹見の2町が益田市に編入され美濃郡が消滅した
5.飯浦漁港 6.松島の磁石石 7.鈩崎(たたらざき) 8.国道191号線
JR山陰本線 飯浦駅
昭和2年(1927)6月19日 国鉄山陰本線の戸田小浜-当駅間の延伸開業に伴い終着駅として開業する
山陰本線・島根県最西端の駅である





島根県益田市飯浦町 旧飯浦小学校
明治8年(1875)に 飯浦八幡宮の社殿を利用して開校された 最大児童数は昭和34年(1959)度の169名
平成20年(2008)東に5.2km離れた益田市立戸田小学校に併合されて133年の歴史を閉じた
平屋建ての古い木造校舎が 2階建ての木造モルタル校舎とRC造の体育館に挟まれて残されている
山口県萩市須佐高山・北海岸 須佐ホルンフェルス
須佐湾岸沿いに見られる海食崖で 須佐ホルンフェルスと呼ばれる ホルンフェルスとは変成岩の一種で
マグマの熱などによって砂岩や頁岩が深成岩と接触変成したものとされる この美しい灰色と黒色の
縞模様に彩られた畳岩は 2007年に日本の地質百選「須佐ホルンフェルス」として選定された
上は「シーサイドステーションつわぶきの館」に掲示されている「フォルンフェルス」の生成過程と語源の解説
但し 地質学的には以下の解説がネット上で見られる
萩市須佐の北方・標高533mの高山及び山麓に 高山班れい岩類が長径3kmの岩株状岩体として露出している
この岩体は白亜紀の阿武層群および新第三紀の須佐群層と山島火山岩を貫き その周囲600~700mの範囲に
接触変成作用を与え 種々のホルンフェルスを生成している 一般的に「須佐のホルンフェルス」と言われる
灰白色と黒色の縞模様をしている美しく雄大な海食崖は 須佐層群の砂岩と頁岩の互層からできているが
そのホルンフェルスの程度は弱く 接触変成帯の最外側部に相当するにすぎない
この地域の典型的なホルンフェルスは むしろ畳岩や千畳敷の北方海岸や高山の南山麓でよく観察できる
「つわぶきの館」の掲示
3.須佐海苔石休憩所つわぶきの館 4.ペンション・ホルンフェルス 5.萩ジオパーク・つながり発見の広場

学名:Dianthus superbus L. var. longicalycinus
河原撫子の花言葉は「無邪気」「純愛」







