2016.03.15 長洲萩の散歩 笠山

笠山 住所:山口県萩市大字椿東
標高112mの小高い山で嘗ては死火山と定義されていたが 2003年気象庁の活火山見直しにより活火山に指定された
約1万1千年前に玄武岩質安山岩の溶岩台地が形成され 約8千8百年前のストロンボリ式噴火により
スコリア丘が形成された その後の噴火活動は確認されていない ストロンボリ式噴火とは
高さが10kmより低いマグマ溜まりを持つ火山の噴火で爆発的噴火を起こしにくく 長期間に亘って活動し
火口から低圧で噴出される火山岩塊と火山礫のほとんどはそのまわりに落下し 円錐台のかたちをした丘が
火口の周囲に形成される これをスコリア丘という 例えるなら噴水のような噴火である
笠山が属す阿武火山帯は  内陸部の萩市大字中小川の中小川溶岩台地や大字紫福の杉原長尾溶岩台地を形成した
200万年前から150万年前の前期阿武単成火山活動と 大島・相島・笠山・千石台・羽賀台・伊良尾山・鍋山など
50体程の小火山体を形成した約80万年前からの後期阿武単成火山活動に区分され 笠山火山活動が最新のものである
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笠山の航空写真(国土地理院地図をキャプチャー後編集)
形成された溶岩台地は本土と砂州で繋がる 丸いスコリア丘の東に海跡湖の明神池がある 砂州は越ヶ浜と呼ばれ
南北に漁港がある 越ヶ浜漁港は通常南側の港を指し 北側の港は通称では「嫁泣港」と呼ばれている
昔 港に井戸がなく真水を山へ汲みに行くのは嫁の仕事で 重い水桶に泣かされたことから名付けられたらしい
笠山山頂には直径30m深さ30mの噴火口があり 遊歩道によって火口底に下りることが出来る
沖を流れる暖海流の影響で暖地性植物が多く 江戸時代には長洲藩によって笠山への立ち入りが厳しく規制され
樹木の伐採や鳥獣の捕獲を禁止されていたことで 全山が原生林の様になって大木に覆われていた
明治になって周囲の山林が伐採開発され  大正時代には大規模な乳牛の放牧が行われた
笠山北部の虎ヶ崎周辺に約2万5千本にも及ぶ藪椿の群生林がある
これは 放牧の廃止後に元々混合林だったものを観光開発の目的で選択的に伐採したものである
また 北部にはコウライタチバナが自生し日本唯一の自生地として天然記念物に指定されている
その他 風穴の近くでは低温により寒地性植物も自生しており 多種多様の珍しい植物相を形成している
椿の群生林内には 今も放牧地の名残として石垣(牛の垣)を見ることができる
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笠山周辺の岩礁はサザエ・アワビ・ウニ・ナマコなどの良好な漁場となっている 沖合の島は「九島」
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火口内の遊歩道
笠山の三角点
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九島
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溶岩台地と九島
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河津桜
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明神池
その昔 笠山と本土との間に砂州ができた時 入海が残されできた池である 大池・中の池・奥の池に分かれ
溶岩塊の隙間を通じて外海とつ繋がっている そのため潮位の干満が見られる 萩藩2代藩主毛利綱広が
貞享3年(1686)に安芸の厳島明神を勧請し池の畔に厳島神社を創建した 以後 漁業の神として信仰され
これに因んで明神池と呼ばれるようになった 地元の漁師たちが豊漁を祈願して奉納した魚が繁殖し
マダイ・イシダイ・ボラ・エイ・コチ・スズキなどが池の中を泳ぎ 天然の水族館となっている
池の北側に弁財天が祀られていることから「弁天池」 また 藩主の茶室が建てられていたことから
御茶屋の池とも呼ばれていた 周囲は玄武岩の溶岩が積み重なり 老樹が生い茂る景勝地である
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創建時の石橋
厳島神社
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奥の池
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厳島神社のある中島と手前が「中の池」
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