2015.05.19-20  鹿児島県薩摩半島の南端 指宿へ行く

今夜は「道の駅・いぶすき」で車中泊の予定 なので国道3号線をのんびりと南下
途中 芦北町の星野富弘美術館へ立ち寄り 時間も早いので知覧武家屋敷へも立ち寄ることに
知覧には午後5時過ぎに到着 すでに人気の無い「武家屋敷」界隈を散策し
法務局裏の末広温泉で入浴 「道の駅・いぶすき」には午後7時30分過ぎに到着した

星野富弘美術館
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知覧 武家屋敷通り 国選定重要伝統的建造物群保存地区
市役所前の駐車場に停めたが 午後5時過ぎといえども しっかりと駐車料金を徴収された
しかし散策中 通りの東端に無料駐車場を見つけた
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各屋敷の見学時間は PM17:00までとなっている
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知覧武家屋敷群公園
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三差路の突き当たりにある石敢当(石敢當)
魔除けに建てられ 魔物が当たって砕け散ると信じられてきた
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市指定の文化財 知覧型二ッ家
鹿児島独特の2棟分離型二ッ家建築の中でも 屋根を同じくして合体させた知覧型二ッ家建築
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豊国姫神社跡
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復元された富屋食堂

捍海堤(三日月突堤、ガンギシ)
現在は埋め立てが進み、岸と繋がっている捍海堤ですが、もともとは三日月形の離岸堤で、当時の指宿地方では
大きな防波堤でした。指宿小学校に残る『揖宿邑捍海堤記』には、この防波堤建設の経緯が
次のように刻まれています。
「宮ヶ浜の海は遠浅で、船を安全に停泊させるところが無く、台風で船が転覆する恐れがあった。
天保4年(1833)それを知った第27代薩摩藩主島津斉興が長さ230m、高さ5mの防波堤を築かせた。
工事は天保4年の12月に始まり、翌年の7月には完成した」
 濱崎太平次ら指宿の海商たちは、山川、指宿湊、田良などの港で黒砂糖貿易・密貿易を行っていたといいます。
山川は藩港として整備されていたと考えられますが、指宿湊、田良の海岸は砂浜で大型船が接岸できるような
整備はされていませんでした。島津斉興の内庫金を使い、しかも短期間でこの防波堤を作らせた理由は
そうした貿易に絡む港としての役割をもたせるためであったのかもしれません。
なお、捍海堤には、阿多カルデラから噴出された溶結凝灰岩が使われており、『揖宿邑捍海堤記』によると、
12月14日に知林ヶ島から石を取り始めて、翌年1月6日に大根占の城ケ崎、同月10日には今和泉の城山の下から、
そして、2月4日には谷山の五位野から運ばれてきていることが分かります。
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知林ヶ島 砂のかけはし
知林ヶ島は 薩摩半島南端東部・田良岬の沖合に浮かぶ 周囲約3km・面積約60haの無人島である
田良岬との間に 春3月から秋の10月にかけ 大潮・中潮の干潮時に長さ約800mの砂州が出現し
陸続きとなって歩いて渡ることができる 平成20年度に遊歩道や展望台も整備されて島内も散策できるように
なったが 現在災害により遊歩道の崩落が発生し 島内への立ち入りは禁止となっている
1957年建造の灯台と船着き場を除けば 現在は殆ど手つかずの自然が残っている 過去においては
無霜地の島内で畑作が行われ ジャガイモ・サツマイモ・ナタネなど 豊富に収穫され「宝の島」と言われていた
最近は島と繋がることによせて 縁結びの道・愛の道とも呼ばれ「パワースポット」として紹介されることが多い
また 標高214.8mの魚見岳からの眺望も美しく 潮のかおり漂う風景は 環境省「かおり風景100選」にも
認定されている また大河ドラマ「篤姫」のロケ地としても有名である
Link:砂州カレンダー
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魚見岳よりAM 10:10の写真 砂州カレンダーによれば 本日の砂州出現予測は 12:15〜17:00となっている
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AM 11:20 すでに徒渉する人達がいる

急ぎ山を下り 指宿駅前商店街の「さつま味」で まかない丼・1080円を喰らう 美味い!
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PM 13:13 砂州はもっと大きくなっていた
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魚見岳と砂のかけはし
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知林ヶ島 渡島証明は100円
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PM 13:55 左は小島

姉妹都市 オーストラリア・ロックハンプトン市訪問団来訪記念植樹林 「オーストラリアの森」
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オーストラリア原産の「ブラシノキ」
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2月に訪れた巨大な廃墟「ふれあいプラザ なのはな館」 莫大な予算を使って結局は巨大な廃墟にしてしまった
同じ予算を投資するなら この公園地区一帯を無電柱化するべきであったと 今回は強く思ってしまった
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