2013.03.22  宗像大島(筑前大島)散歩

旧宗像郡大島村 平成17年(2005)3月27日宗像市に吸収合併される 周囲:16.5km 面積:7.45平方km
最大標高:224m 本日の行程約14km 全て徒歩
<Link:宗像大島.com
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本土側の宗像市神湊(こうのみなと)港から北西に約6.5kmの沖合にあり
東の海上約5kmには地島(じのしま)がある 大島・地島・沖ノ島は玄界灘と響灘を分ける島で
大島の西側の海が玄界灘 地島の東側が響灘となる 福岡県の離島の中では面積が最大で島の多くは丘陵地で
起伏は激しい 島の最高峰は中央部の御嶽(みたけ:標高224m)である
島の東側に神湊間を結ぶ大島港がありフェリーターミナルが置かれ 港の南側に大島漁港 北側に宮崎漁港がある
明治38年(1905)5月27から28日にかけて 大島沖合で帝政ロシアのバルチック艦隊との海戦があり
大島にも多くのロシア兵の遺体が流れ着き島民らはそれを丁重に埋葬したとされる歴史がある
昭和10年(1935)から下関要塞の大島砲台として 島の西北端に四五式十五糎カノン砲が4門が設置され
周辺に観測所・地下弾薬庫・可搬式150cm射光機・発電所などの付随施設も作られた
現在は カノン砲の台座などの遺構が残されている

御嶽山頂には展望台と 古代の中津宮の祭祀場であった中津宮奥宮の『御嶽神社』がある
港の近くに 宗像三女神の次女・多岐津姫命を祀る宗像大社『中津宮』がある 島の北側には
祭礼を除き常時禁足及び女人禁制である宗像宮の御神体の沖ノ島と沖津宮を拝する『沖津宮遙拝所』がある
この遙拝所は江戸時代後期に建立されたものである 沖ノ島と遥拝所・中津宮・御嶽祭祀遺跡は
「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として 平成29年(2017)7月に世界遺産に登録された
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宗像市神湊(こうのみなと)渡船ターミナル
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フェリーにはバックで乗り込む AM 9:25
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大島港 AM 9:50
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宗像大社中津宮
二の鳥居と太鼓橋
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神門と拝殿
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天真名井と天の川 七夕伝説発祥地
本殿裏
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上宮の御嶽宮を目指す AM 10:17
御嶽登山道
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安政5年(1858)建立の上宮鳥居
海抜224m 御嶽山頂展望台
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展望台から九州本土側 小島は神湊の勝島
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御嶽宮に参拝 AM 10:55
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大島八十八ヶ所地蔵 37番と40番
風の峠 標高125.2m
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牧場跡の牛魂之碑
観測所外部
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昭和11年完成の砲台跡 観測所 中央の台は観測器台座
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観測所入り口
観測所地下の営舎
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15センチカノン砲基礎 4門設置  向こうに風車展望台が見える
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疑似風車 AM 11:33
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神崎 PM 12:03
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馬蹄岩
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筑前大島神崎灯台 大正15年(1926)11月10日初点灯 昭和48年に自動化 PM 12:23
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浜ダイコンと神崎
三浦洞窟
高さ5m奥行き6mほどの洞窟には、キリシタンの弾圧が厳しかった1643年(寛永20年)に長崎から
逃げてきた異人で、日本語を話すヨハンというキリスト教の神父が隠れ住んでいたと伝えられています。
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三浦洞窟は天気の都合でパス(掲示板の写真)
福岡県/起点 県道541号大島循環線の起点か?
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津和瀬の丸山
寛永20年(1643)に ポルトガル人宣教師ら10人が上陸 捕らえられ江戸に連行される
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丸山の頂上に祠宮があるのだろう 浜辺に立つ鳥居は丸山を拝す PM 13:08 風が吹き雨も降りそう
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「民宿」の廃屋
ホトロセ峠 標高107.5m AM 13:33
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御嶽山
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大島港緑地公園のウッドデッキ PM 13:56 ついに雨が降り出した
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大島出港 PM 14:40
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雨風ともに強く波も出てきた 船に乗って一安心
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