2009.10.18  熊本県菊陽町「馬場楠井手の鼻ぐり」探検

肥後の武将加藤清正は多くの土木事業を行いましたが 慶長13年(1608)に完成した馬場楠井手もその一つです
馬場楠井手はここから約1800m上流の白川に築かれた 馬場楠堰から取水する潅漑用水路で
白川左岸台地を潤しています しかし他の潅漑用水井手と違い この井手には『鼻ぐり』と呼ばれる全国に類がない
独特な工法が用いられています 阿蘇に源を発する白川にはヨナ(火山灰土砂)が多く含まれており
各潅漑用井手にはヨナが蓄積し維持管理が大変でした さらにこの曲手〜辛川区間は 厚くて固い岩盤が
400mも続く所で もし井手を掘削した場合地上から井手の底までの深さは約20mになり 井手の底に堆積する
ヨナを人力で排出するのは困難と予想されました そこで清正は 水の力と岩盤を利用してヨナの堆積を防ぐ
『鼻ぐり』と呼ばれる独特の構造物を考案しました その構造は岩盤を堀削するときに約2〜5mおきに
厚さ約1m高さ約4〜10mの壁を残し その下に半円型の径約2mの水流穴をくり抜いたものです
そしてここを流れるヨナを含んだ水は 壁の影響で流れが変化しうずを巻いて水流穴からヨナとともに
流されていきます 『鼻ぐり』は当初約80ヶ所設けられました 江戸時代末期に水理を知らない役人によって
約50ヶ所が破壊されたと伝えられています また自然災害などで壊れてしまったものもあり
現在では24ヶ所を残すのみですが 昔と変わらずその役目を果たしています
なお『鼻ぐり』の名前の由来については 牛の鼻ぐり(鼻輪)に似ていることからこの名が付いたと思われ
この区間のみ通称『鼻ぐり井手』と呼ばれています   菊陽町指定文化財  昭和54年2月23日指定
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今年5月2日の『鼻ぐり井手』 水が滔々と流れている
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本流と分水路の合流地点から上流へ ボランティアガイドの説明を聞きながら探検開始
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干上がった井出の底を歩く
下流第一鼻ぐり コンクリートのアーチ補強
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<右上> 鼻ぐり大橋の下は陽もささず薄暗い
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<左> 大橋と鼻ぐり 目のように見える
<下> 破壊途中の鼻ぐり
    左の階段は築造時に付けた物
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現地案内板より  拡大

熊本県菊陽町字辛川(からかわ)字井口  井口眼鏡橋

この眼鏡橋は 馬場楠井手に架かる単一アーチ石造橋であり 昭和初期まで重要な生活道でした
この橋の特徴は 輪石の接する部分に すべて石楔が使用され さらに二重輪石を有する
県内でも極めて貴重な石橋の―つです この橋も交通事情の変遷によって 東側1mが拡幅工事されており
拡幅部の輪石は漆喰仕上げになっています
この石楔の工法を用いられている眼鏡橋には 植木町豊岡にある豊岡橋(1802年)
御船町木蔵にある門前川橋(1808年)があります それぞれ架橋は 肥後の石工集団のリ−ダーである
仁平の弟子達の手によるものと言われ 同型の井口眼鏡橋も同集団の手によるものと推定されます
形状   橋長 10.75m  高さ 2.65m  橋幅 3.0m
架橋年月日 石工等不詳
菊陽町指定文化財  昭和55年2月26日指定
平成21年3月  菊陽町教育委員会
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新橋の上から 今日は鼻ぐり井手の探検イベントで水は止められています
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輪石の石楔と二重輪石
アーチ要石
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