2019.01.17 香川県さぬき市多和額東(がくひがし) 細川家住宅

国指定重要文化財 細川家住宅
標高約350m前後の長尾町多和は 17世紀初めの寛永頃までは額邑(がくむら)と呼ばれていた
額を南北に貫く道は 古くは志度から阿波郡への塩の道で
源平合戦の折は源平両氏の兵がこの道を越えたといわれている
四国遍路が盛んになるにつれ 四国霊場結願の88番目札所・大窪寺へと多くの遍路が往来した
細川家は 代々この地に住み農業を営んできた 昭和41年(1966)香川県東部山間地の民俗調査で
地方色豊かな農家建築物として認知され 昭和46年(1971)に国の重要文化財に認定された
山の自然を利用し母屋、納屋、便所、木納屋などを並べた屋敷取りをしている。母屋は梁行6.1m(3間半)
桁行12.8m(6間)で一間を6尺5寸と規定した18世紀初め ごろの建物と推定される。
屋根はカヤ葺きで下まで葺き下ろしたツクダレ形式である。周囲の壁は柱を塗りこんだ大壁造りであり、
開口部は片壁引戸で狭い内部の柱はすべて栗の曲材を巧みに使い、手斧(ちょうな)仕上げになっている。
間取りは横3間取りで土間(にわ)土座、座敷になっている。
土間はタタキにわでカマド、大釜、カラウス等が置かれている。土座は中央にいろりがあり、
四国では最古の様式である。座敷は竹座で北中央に仏壇がある。
昭和46年6月に国の重要文化財に指定され、昭和52年に解体修理を行ない元の姿に復元された。
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三和土(たたき)土間
座敷 ムシロの下は竹床
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囲炉裏のある土座は三和土の上にゴザを敷く
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竹床の座敷
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土座と土間の出入り口
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別棟の納屋は比較的新しく文化財には入らない
香川県さぬき市前山 さぬきの名水「大師の水」
この湧き水は、四国霊場八十八ヶ所の結願寺である「大窪寺」に続く道沿いに、四季を通じて山肌から
湧き出しており、古くから、訪れる人々の疲れをいやし、いつしか「大師の水」と呼ばれるようになりました。
この付近の山は、県行造林としてヒノキが植林されており、湧き水は、これら豊かな木々に守られています。
近年、ここは、地元の方々により、「水仏さん」として清水地蔵が安置され、野花が供えられ、
ろうそくがともされるなど、清らかな水とともに大切に保全されています。
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香川県さぬき市長尾名 香川県立亀鶴公園
亀鶴公園(きかくこうえん)は東讃地域の名勝で 宇佐神社と宮池を中心にして面積18.98haの公園である
池に浮かぶ亀に見える「亀島」と 公園の西にある鶴が飛ぶ姿とされる「鶴ガ山」から亀鶴公園と名付けられた
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P.公園無料駐車場 1.しょうぶ園 2.さくら橋 3.亀島 4.さくら並木 5.鶴ガ山と宇佐神社
亀島には 300を超える樹種が確認されたこともある豊かな自然林があり 亀島と宇佐神社を結ぶ
幅20m長さ300mに渡る堤の両側には 約300本のソメイヨシノ植樹されており 桜の名所として
大勢の花見客で賑わい 花の季節ともなると「さくら橋」がライトアップされたり噴水が稼働する
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しょうぶ園
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さくら橋
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句碑らしき石碑 春が?む た(?だ)けしら山 池ごしに 個人的には秀句とは思えないが
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讃岐七富士・三木富士 三木町の白山 標高202.7m
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堤の桜並木
宇佐神社
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招き猫
八幡宮

香川県さぬき市長尾名 香川県指定天然記念物 長尾衝上断層
地表に現れた地震推定規模M7.1の活断層ではあるが 活動間隔が概ね3万年程度とされ
今後100年間の地震発生確率は0%である
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【長尾断層とは 】
長尾断層は、斎藤実香川大学名誉教授が昭和35年(1960)にこの場所で発見し、昭和37年に命名した逆断層です。
長尾断層は、高松市南部の香南町からさぬき市大川町に至る長さ約24kmの活断層で、その一部が地表面に
現れているのが、「長尾衝上断層」です。香川県の現在に至る地形が形成される経緯を知る貴重な標本として、
昭和38年(1963)4月9日に香川県指定天然記念物に指定されています。
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【崖に現れた長尾衝上断層】
この崖では、上から次の地層が観察できます。
@花こう岩(茶色):約8000年前(白亜紀後期)マグマが冷却した深成岩。断層破砕、熱水変質
および風化によってもろくなっています。
A流紋岩(白色):約1400万年前(新第三紀)に長尾衝上断層に沿ってマグマが貫入し、白く粘土化しています。
──────────────────── 長尾衝上断層 ────────────────────
Bシルト層(灰色):粘土質の土からできた堆積層です。
Cれき層(石ころがある層):大昔の鴨部川の扇状地に堆積したれき層
シルト層とれき層は約100万年前に堆積した三豊層群の一部で、基盤の花こう岩の上に堆積しています。
【長尾衝上断層の傾斜】
この崖では、長尾衝上断層のみかけの傾斜は、左(南東)側から右(北西)側に向かって20°から10°と、
小さくなっています。実際の断層面は、崖の右端で約50°南に傾斜しています。
【長尾衝上断層の動き】
この崖では本来花こう岩の上にシルト層やれき層が堆積していましたが、その後の地殻変動により花こう岩が
のし上がりました。このような断層を逆断層といい、層面の傾斜が30°より小さくなると衝上断層といいます。
【長尾衝上断層の活動時期】
崖の地層から長尾衝上断層はシルト層が堆積してから動いたことは確実で、
長尾断層は、第四紀に繰り返し活動した活断層であることが分かります。

香川県高松市庵治町(あじちょう)船隠(ふなかくし)
庵治町は 庵治半島の五剣山(八栗山)以北と瀬戸内海の大島などの島々からなる町で木田郡に属していた
耕地は狭く 漁業と水産加工業が盛んであるほか石材業が盛んで 庵治石とよばれる細粒の黒雲母花崗岩を産する
船隠は 源平の合戦のとき平家が船を隠したといわれる景勝地である
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標高240mの女体山
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庵治石埋蔵量の減少とともに 石材の輸入量が増加 本来の庵治石は高級銘石となっている
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標高375mの五剣山(八栗山)四国八十八ヶ所85番札所八栗寺が中腹に有る
山麓の「うどん本陣山田家本店」で昼食
琴電屋島駅と旧屋島ケーブル登山口駅
琴電屋島駅
琴電こと高松琴平電気鉄道株式会社は 第二次世界大戦中の昭和18年(1943)に陸上交通事業調整法に基づいて
高松市周辺の鉄道事業者が合併して誕生した鉄道会社で 発足直後にバス事業者も吸収した
戦災により高松市内路線を失い 戦後間もなく現在の路線になった
母体となった路線は讃岐電鉄(志度線)琴平電鉄(琴平線)・高松電気軌道(長尾線)である
琴電屋島駅は 明治44年(1911)11月18日 東讃電気軌道(後に讃岐電鉄)の屋島駅として開業した
当初は現在地より西360mにあったが 昭和4年(1929)4月 屋島ケーブル開通に伴い現在地に移設された
平成17年(2005)4月無人化 平成21年(2009)近代化産業遺産に認定された
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駅前通りから旧屋島ケーブル
屋島登山鉄道のケーブルカー路線である 通称で屋島ケーブルと呼ばれていたが正式路線名称はない
昭和2年(1927)屋島登山鉄道株式会社設立 昭和4年(1929)4月 屋島神社前−屋島南嶺間の登山鉄道を開業
昭和5年(1930)古高松村−屋島村の平坦線未着工により鉄道免許を失効
昭和19年(1944)戦時不要不急線として運行休止 資材を供出
昭和25年(1950)4月 営業再開 屋島神社前を屋島登山口に 屋島南嶺を屋島山上にそれぞれ駅名を改称
昭和36年(1961)4月 有料観光道路・屋島ドライブウェイが開通し利用客が減少
平成16年(2004)10月 屋島観光自体が衰退し利用客が激減したことと 支援企業である琴電の
民事再生法の適用申請により自己破産し運休 平成17年(2005)8月31日に全面廃止となった
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屋島登山口駅
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「屋島スカイウェイ」から庵治町の五剣山
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