2023.04.17 大分県大分市寒田(そうだ) 西寒多神社の藤

江戸時代の『豊後国志 巻之四 大分郡志』によれば 西寒多神社(ささむたじんじゃ)の創建は
神功皇后が三韓征伐より凱旋の折 西寒多山(本宮山)に行幸し その証として山頂に白旗を立てた
人々はこれを敬い玉垣を結び結界とした 応神天皇9年に 武内宿禰が西寒多山上に祠を建てたのが始まりである

貞観12年(870)からは従五位下の神階となり 延喜5年(905)の延喜式神名帳では 豊後唯一の式内大社とされ
豊後国一宮として崇敬されたが 平安時代後期には熊野信仰や密教信仰に押され衰退した
中世・鎌倉時代以降は 守護大名の大友氏の崇敬を受け復興 応永15年(1408)第10代・大友親世によって
社殿が山麓の現在地に遷された その後も領主大名の崇敬厚く 明治4年(1871)には国幣中社に列格した
第二次大戦後は 神格廃止を受け神社本庁の特別の扱いとなる別表神社となった

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2023.11.14 撮影
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鎮国一宮の扁額
平安時代の終わり頃から 衰退した西寒多神社に代わり 大分市八幡の柞原八幡宮(ゆすはらはちまんぐう)が
豊後国一宮を称するようになり 以前より豊後一宮を称する西寒多神社との間で「一宮論争」が勃発した
しかし 未だに決着を見ていないため 両社ともに「豊後一宮」を掲げている
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拝殿前から参道を振り返り撮影  境内や神殿の規模に関しては柞原八幡宮の方が大きい
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国指定天然記念物および大分市指定名木のフジ 樹齢450年超 樹高3.5m 幹周2.8m
伝承によれば このフジは氏子が社殿に供える御酒の酒造所を建てる時に植えたと伝えられている

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8:44 本宮山登山前のフジ
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万年橋の上から
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萬年橋と藤棚
萬年橋は 寒田川(みそぎ川)に架かる石造アーチ橋である 頂部では輪石が路面となっているのが特徴である
架橋は 延岡藩領・寒田村の庄屋らが発起し 岡藩領大野郡柴北村の石工・二代目後藤郷兵衛ら20名によって
幕末期の文久2年(1862)に竣工した 昭和55年(1980)に大分県の有形文化財に指定された
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藤(フジ) 学名:Wisteria floribunda
マメ科フジ属のつる性落葉木で 日本に自生する野田藤(藤)と山藤(野藤)の二種が日本固有種である
上から見て時計回りの右巻きつるが野田藤 左巻きが山藤である フジ属には 他に中国渡来のシナフジや
園芸種のシロバナフジ・ヤエフジ・ノダハナフジ・アカバナフジなどがある
野田藤(一般名=フジ)は かつて鎌倉時代から淀川を行き交う人々の目を奪った藤の群生地の名に由来する
群生地は 現在の大阪市福島区野田あって江戸時代にはすでに「野田藤」の名称があった
後に 植物学者の牧野富太郎が現地調査して分類名として採用したが 野田の藤は開発等によって消滅した


2023.04.13 福岡県八女市本町 鉄道記念公園の藤棚

八女市の鉄道記念公園は 昭和60年(1985)に全線廃止となった国鉄矢部線の筑後福島駅跡に出来た記念公園で
線路跡は市道となり 市内部分が「バルビゾンの道」という愛称で呼ばれている 道路の正式名は不明である

国鉄矢部線は 鹿児島本線羽犬塚駅より分岐し 八女・黒木・矢部・鯛生・小国を経て久大本線豊後森駅に繋ぐ
壮大な延伸計画に基づき 大正11年(1922)の「改正鉄道敷設法第111号ノ2」により規定された
「福岡県羽犬塚ヨリ矢部ニ至ル鉄道」として着工された路線である 昭和11年(1936)に起工され
羽犬塚から黒木までが 太平洋戦争敗戦後わずか四ヶ月で開通し 昭和20年(1945)12月に開業した
しかし 黒木より先への延伸は成らず 豊後森駅から小国まで通じていた宮原線と同様廃止となった

「バルビゾン」とは フランスへ渡った坂本繁二郎画伯が 帰国後は八女に晩年を過ごし
筑後福島駅近くにアトリエと居を構えた フランス留学の際に ミレーやコロー及びルソーといった著名な画家を
多く輩出したバルビゾン村を訪れており深い感銘を受け また その風情と八女の風土が似ることから
「東洋のバルビゾン」と呼び 八女をこよなく愛していたことが由来となっている

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長さ約450mの歩道に架かる藤棚 フレームは旧矢部線のレールを流用している
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万葉集には 長歌二首を含め二十六首の藤の花を詠んだ歌がある
藤波の 花は盛りになりにけり 平城の京(ならのみやこ)を 思ほすや君     大伴四綱
恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり         山部赤人
我が宿の 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを         大伴家持
藤波の 咲く春の野に 延ふ葛の 下よし恋ひば 久しくもあらむ         作者不詳
霍公鳥 来鳴き響(とよ)もす 岡辺(おかへ)なる 藤波見には 君は来じとや  作者不詳
大君の 塩(しほ)焼く海人の 藤衣 なれはすれども いやめづらしも      作者不詳
かくしてぞ 人は死ぬといふ 藤波の ただ一目のみ 見し人ゆゑに        作者不詳
春へ咲く 藤の末葉(うらは)の うら安に さ寝る夜ぞなき 子ろをし思へば   作者不詳
多胡の浦の 底さへにほふ 藤波を かざして行かむ 見ぬ人のため       内蔵縄麻呂
恋慕の心情を表す歌が多い 花言葉は「至福のとき」や「恋に酔う」「優しさ」「歓迎」もある
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