2020.11.18 大分県中津市耶馬溪町大字戸原 御霊もみじ


御霊もみじ
神社の正式名は八坂神社とされるが 鳥居には三所神社 社殿の扁額には御霊八幡宮と書かれている
明治の合祀政策によりこうなったと思われる
御霊(ごりょう)の由来は 天正17年(1589)中津城主の黒田官兵衛孝高・長政父子により
豊前国築城郡城井郷の城主宇都宮鎮房が誅殺され 主人の死を知った12人の侍女たちが
老臣池永左衛門等の計らいにより この口の林まで落ち延び隠れていたが
黒田勢の追手により捕えられ殺害された この神社より北に110mほど離れた山国川沿いに
侍女たちを葬った塚(姫塚)が建立された 当時の人々はこの出来事を哀れみ
その侍女たちの御霊を静め慰めるため鎮魂の社を設けた それが御霊神社の始まりとされている
「御霊もみじ」は 村人の平岡藤次郎と村民が 八坂神社の仮御殿にあった紅葉の木に
五色の苗木を接木し 本殿に植えたものが始まりとされている
「御霊もみじ」を 初めて訪れたのは2006年の晩秋であった 国道の傍らに立てられた
小さな案内板を見つけたのが初めてで 駐車場も整備されておらず訪ね来る人も少なかった
それから14年 今は耶馬渓の「もみじの名所」として認知され多くの人達が訪れるようになった
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もみじが赤くなるのはアントシアン色素によるもので 黄色はカロチノイド色素による
もみじの紅葉は黄緑色から始まり黄色に変化し そして最後には赤色に染まるのが普通だが
黄葉のまま枯れて散る場合もある 木々によって様々ということも有るが
同じ樹木でも黄葉と紅葉が混ざり合うことも珍しいことではない

「もみじ」の語源は
古語で紅葉(黄葉)するという意味の「もみつ」「もみち」が平安時代以降「もみづ」となり
その連用形である「もみぢ」が名詞として定着した言葉である
万葉の昔では黄葉が一般的であったが イロハモミジの普及によって「もみじ」の言葉に「紅葉」が当てられた
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イチョウとモミジの供宴
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2017.11.27 撮影
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