2019.04.11  広島桜散歩

広島県東広島市安芸津町三津 正福寺山公園
安芸津町三津の古刹 曹洞宗・海龍山・正福禅寺の裏山が公園になり約1500本のソメイヨシノが植えられ
標高90m程の山は桜の名所となった かつては正福寺の門前が歩行用登山口であったが
車道が開通し 今では車で容易に登ることが出来るようになった
無数の牡蠣筏が浮かぶ瀬戸内海を眼下にできる風光明媚な公園である
古より天然の良港だった三津は 奈良時代には海路の要衝となり 江戸時代には広島藩の御蔵所が設けられ
賀茂及び豊田両郡内の年貢米が集積され 瀬戸内航路で大阪へ搬送された
また米の流通が頻繁なことから酒造業も勃興し 三津は江戸から明治に至るまで栄えた
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三津湾
古くは「風速の浦」と呼ばれ風待潮待ちの「泊まり」であった 万の字がある山は 標高296.1mの灘山である
別名「保野山」ともいい 地元では万字山で通じる 「万」は万葉集の万である
万葉集巻15に 天平8年(736)遣新羅使が安芸国風早の浦に停泊したおり二首の歌が詠まれた
風速(かざはや)の浦に舶泊りの夜に作る歌二首
我がゆゑに 妹嘆くらし 風早の 浦の沖辺に 霧たなびけり
沖つ風 いたく吹きせば 我妹子が 嘆きの霧に 飽かましものを
縦110m・幅58mの巨大万字は 万葉集に因み平成元年に作られ 盆や新年に点灯される
当初は火を燃やしていたが 現在は電気による点灯になっている
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眼下にJR呉線の安芸津駅を見る
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13:30 尾道市千光寺公園に向かう 距離約44km 途中「道の駅たけはら」で遅い昼食
広島県尾道市西土堂町 千光寺公園
標高144.2mの千光寺山にあり 当時の千光寺住職・多田實圓和尚が 檀家の協力を得て敷地1347坪を
公園にするため  明治27年(1894)に着工し 多額の寄付金と長い年月をかけ「共楽園」を完成させた
明治36年(1903)に「共楽園」を尾道市に寄贈した後 「千光寺公園」と改称され今日に至る
現在は 千光寺所有地のうち約一万坪をも公園敷地としているため 管理は尾道市が携わっている
公園内には2500本の桜があるとされ「日本さくら名所百選」のひとつとなっている
かつて遊園地の千光寺山グリーンランドがあったが 2007年に廃止されている
また NHK尾道送信所跡に尾道市立美術館が建てられている
千光寺は真言宗の寺で 正式名は大宝山・権現院・千光寺といい 開基が大同元年(806)の古刹である
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西の三原湾・三原瀬戸方向を遠望
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ぽんぽん岩
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西瀬戸自動車道(瀬戸内しまなみ海道)の新尾道大橋と国道317号線の尾道大橋
尾道大橋は昭和43年(1968)3月に新尾道大橋は平成11年(1999)5月に架橋された
橋の向こう側に糸崎港のある松永湾が広がる
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千光寺の門
くさり山 石槌山
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本堂の下を潜り参拝
鐘楼
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市営・千光寺山ロープウェイ
開業は昭和32年(1957)3月 全長:361m 高低差:115m ゴンドラの愛称は「かもめ」と「さくら」
当初の計画では尾道駅北口から西土堂町のるーとで計画されたが 尾道商店街の意向を汲み
現在のルートとなった 山麓駅までの道程は 尾道駅の正面口から商店街を抜けて1.3kmある
昭和40年代まで賑わった尾道本通り商店街も 現在ではシャッター街となっている
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山頂 八畳岩
日本遺産 尾道水道と向島
尾道水道は尾道海峡とも呼ばれる幅約200から300メートルの狭隘部である
水道の東に開けた松永湾に面した糸崎浦は 天然の良港として古くから瀬戸内航路の要衝であった
向島(むかいしま)は 面積22.22平方km 周囲約28kmの島で最高地点は標高283mの高見山である
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ガラス張りの建築物は尾道市立美術館
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16:20 千光寺山を下る
広島県尾道市桜町 栗原川桜堤
北の門田町から南の潮見町まで約1.5kmの桜並木 車での通行は可能だが駐車場は無い
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路上駐車も道が狭く厳しい
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16:30 今日の宿泊地 笠岡ベイファームに向かう 距離約38km およそ1時間の道程
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