水間鉄道株式会社 水間線

● 起点:南海本線貝塚駅 終点駅:水間線水間観音駅 総延長距離:5.5km 駅数:11(起終点駅含む)
● 駅名:貝塚−海塚−貝塚市役所前−近義の里−石才−清児−名越−森−三ツ松−三ヶ山口−水間観音

歴史
水間寺(通称・水間観音)の参詣鉄道として大正時代に建設された 一時期は約20億円の利益を上げたが
少子化などによる通学客をはじめとする利用者の減少と不動産事業の不振 さらにバブル期での多額の借り入れが
経営を圧迫し 負債額が約140億円に達し自力の再建を断念 平成17年(2005)に大阪地方裁判所へ会社更生法の
適用を申請した 平成18年(2006)より新生会社として再出発した経緯がある 現在は沿線開発も進み通勤
通学路線となっている  終点の水間観音駅舎は 大正15年(1926)の創建以来の建築で
平成10年(1998)に国の登録有形文化財に登録されている
幻の敷設計画
嘗て 清児(せちご)駅から分岐し泉佐野市南部の犬鳴山を越えて 和歌山県粉河町まで延長する計画が存在した
昭和25年(1950)清児−粉河間の鉄道敷設免許を取得 昭和28年(1953)別会社・紀泉鉄道を設立し着工した
しかし資金不足により工事は中断された 昭和38年(1963)紀泉鉄道を吸収合併 その後鉄道敷設免許も
山越えとなる犬鳴−粉河間の免許を 開通見込みが皆無との理由で昭和42年(1967)に返上し起業廃止
残る清児−犬鳴間も幾度か再起が試みたが 資金難により平成8年(1996)に起業廃止届を申請し認可され
地方の弱小私鉄による壮大な計画は 幻のまま立ち消えとなった

● 年表
大正12年(1923)08月
鉄道免許状下付(泉南郡木島村-同郡麻生郷村間)
大正14年(1925)12月
貝塚南駅(のちの海塚駅)−名越駅間が開業
大正14年(1925)12月
貝塚駅−貝塚南駅間に貨物線を開設
大正15年(1926)01月
名越駅−水間駅間が開業し全通
昭和09年(1934)01月
貝塚駅−貝塚南駅間旅客営業開始
昭和27年(1952)01月
貝塚南駅を海塚駅に改称
昭和35年(1960)11月
三ヶ山口駅開業
昭和42年(1967)07月
貝塚市役所前駅開業
昭和44年(1969)06月
近義の里駅開業
昭和47年(1972)05月
貨物営業廃止
昭和47年(1972)12月
海塚駅廃止

● 水間鉄道の古い駅舎