福岡県うきは市浮羽町古川  筑後川・大石堰と大石水道

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寛文3年(1663)の大干ばつを機に 延宝2年(1674) 栗林次兵衛・本松平右衛門・山下助左衛門
猪山作之丞・重富平左衛門など 地元の五庄屋と農民の力により 久留米藩丹羽頼母の監督のもと
作り上げられた灌漑事業で延べ四万人を動員して完工
大石長野水道は今も 下流域一帯約30平方キロに及ぶ水田地帯を潤している
 昭和28年の大水害で流失後 固定コンクリート堰に改修された
左岸側にある大石水神社には偉業をたたえる「三堰碑」が建てられている
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河川との交差部はサイホン送水方式が用いられる 上流側の水位を高くし 高低差の水圧を利用して 水路の底から水を吸い込み下流で吐出する 河床の下をトンネルが貫く