笹原円形分水の傍にあり 矢部惣庄屋布田保之助によって嘉永元年(1848)4月に完成した小笹・野尻地区の灌漑用石磧である 規模は 幅48m・流長20m・磧面積は960平方mで 人夫1125人を使用したと伝わる 表面の石垣を亀の甲になぞらえて 通称:亀磧(ガメ堰)とも呼ばれている 流れの水圧を少なくし磧の崩壊を防ぐために創意工夫して築造されたもの で矢部に残る唯一の石磧で貴重なものである