2006.12.9  風景の粒

11月 村では「薬師さま祭り」があった 老若男女全てが参加する宴会である
「神事」ではなく「人事」の祭りである この祭りが終われば山里に冬が来る
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初冬の底霧が町を覆い尽くし 美しい風景を見せるこの頃である
この見渡す景色も 一つひとつの粒で成り立つ つまり「デジタル」な景色といえる
各々所有する土地に細分され その「粒」の美しさの結晶が風景なのである

日本においては土地所有は基本的権利である
古代のある時期は 公地公民が国の是という時代もあったが 権力者自ら荘園というもので
骨抜きにしてしまった 以後今日まで民の土地所有は安堵されている

又島国であるが故 大きな政変はなく 支配者の交代が有ったとしても
占領略奪も小規模な範囲にとどまり この点においても 今日まで民の土地所有は安堵されてきた
歴史上 大規模地主から小作農への土地解放政策は 秀吉とマッカーサーが行っている
秀吉の時代に解放された土地は 江戸期の米本位の政策で 歴史的に巡りめぐって
一部の富農が所有を占めるに至り 昭和20年までこれが続くのである
江戸幕府と明治政府は土地に関する限り無策であったと言える

とにもかくにも 国が有する土地は個人所有が可能ではある
しかし 所有するに付いての「付帯的義務・権利の制限」等
規定すべき「規範」は 納税以外皆無と言って良い 村の中にうち捨てられ荒れた土地が点在する
過去 競って土地を求めたのが 今に至って「固定資産」から売買される「流動資産」へと変化し
その流動的資産価値を喪失した姿である 山も里も荒れている 風景の「粒」が輝きを失っていく
「荒れても他人の土地」と言い切れる村人に 私は 儚さと同時に淋しさを感じる