2011.06.23  浪速散歩 平野界隈・新世界・難波

JR大和路線平野駅から徒歩で杭全神社・平野環濠集落から新世界・通天閣・難波・八坂神社などミナミを散歩
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鎌倉時代建立の杭全(クマタ)神社大門
境内摂社 恵比寿神社
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大阪府指定天然記念物 杭全神社のクス
神社東部に残る環濠
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<左上>参道の宇賀神社
<上>宮前交差点後方は金光教
<左>十三口・社内口の石標柱
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菓子舗の福助人形
環濠集落外周道路(路面の印)
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奈良街道(竜田越)泥堂口地蔵堂
平野小学校々庭の一里塚跡と国道R25
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上町の旧家
大念仏寺(1117年開基)
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小馬場口地蔵堂
田邊道西脇口地蔵堂
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上町の旧家
南海平野線 終点停留所跡
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平野線とモ205型電車
南海平野線は大正3年4月26日今池・平野間の開業以来、 大阪市東南部の重要な足として
地域の人々に親しまれてきましたが、地下鉄谷町線天王寺・八尾南間の開通により昭和55年11月28日
66年の歴史をとじました。 モ205型電車は、開業当初の木造車を昭和10年代に鋼製化したもので、
通称(改造車)とよばれ平野線で活躍しました。また、広場中央の照明塔屋根は八角形の欧風木造建築物として
建築史上もユニークな平野駅駅舎のイメージをとり入れたものです。
地下鉄で天王寺に移動 天王寺公園を横切り 動物園を跨いで新世界に向かいます
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天王寺公園美術館西側の歩道
市立美術館前から動物園を跨ぐ歩道橋
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新世界中央通り
通天閣本通商店街
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展望台から東部・一心寺(手前)と生駒山遠望
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展望台から北部 大阪城遠望(左上・黒いビルの手前)
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BILLIKEN(ビリケン)は 尖った頭と吊り上がった目が特徴の子供の姿をしている幸運の神
「ビリケンさん」の愛称で親しまれ 特に足を掻いてあげるとご利益があるとされている
足の裏がすり減っている分だけ「幸せ」を人々に与えてきたわけである
その出自は1908年(明治41年)アメリカ合衆国の芸術家フローレンス・プリッツ(Florence Pretz)が制作した像
彼女が夢の中で見た神とされ 形態としては中国人の祭る偶像JOSSをモデルにして「シカゴ美術展」に出品し
大好評となる 後に人形の老舗ホースマン・カンパニー(E.I.Horsman Co.)によって製造されアメリカ・カナダの
市場で販売される 名前は当時アメリカ大統領であった ウィリアム・タフトの愛称<Billi>が由来とされ
「幸福の神様」として世界中で流行する 現在でもセントルイス大学では今もマスコットとして親しまれている
日本には1909年頃渡来し 明治44年(1911)大阪の繊維会社・神田屋田村商店(現:田村駒株式会社)が
商標登録を行い 販売促進用品や商品キャラクターとして使用した 大正元年(1912)大阪・新世界に
遊園地・ルナパークがオープンし当時流行していたビリケン像が置かれ 新世界の名物となるが
ルナパークの閉鎖とともに ビリケン像は行方不明となった
昭和54年(1979)通天閣ふれあい広場の開場に かつて新世界の名物であったビリケン像を復活させることになり
安藤新平氏の彫刻により戦前のビリケン像が木彫で復元され 通天閣の名物となっている
Link:通天閣ビリケン公式ホームページ
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阪堺電車 恵美須町駅
解体中の遊園地フェスティバルゲート
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この辺りでは 「マンション」ではなく「アパート」らしい(ひょっとして簡易宿泊所?)
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阪堺電車 恵美須町駅
日本橋 北向地蔵
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難波・八坂神社神楽殿 動くカニ看板・くいだおれ太郎などと相通じる一種の「お笑いのツカミ」でしょうか
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「なんか 文句でもあんのか!! いてまうど」「こら! もっと銭出さんかい どたまかち割るど!」
と言ってるみたい
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法善寺 金比羅天王
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法善寺 水掛不動尊 「カビの生えたミイラ」みたいですが 決して苔を落としてはならないそうです
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法善寺横町と水掛不動
創業明治16年(1883)夫婦善哉の「お福」
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