2021.06.07 山口県美祢市秋芳町大字別府水上 別府弁天池(べっぷべんてんいけ)

弁天池は別府厳島神社の境内にある 伝説では 森林を開墾していた堅田の長林という長者が
夢に現れた翁に二つの鎌を託され指示通りに森を切り開いたが 水がなくて困っていた そうしたところ
諏訪明神の「これより北にある弁財天を勧請し祀れば 必ずや神の恵みがあろう」とのお告げがあり
早速に社を建立し弁財天を祀ったところ その夜にわかに水が湧き出してきたと云われている

秋吉台は広さが約130平方キロメートルあり 元は約3億年前の古生代石炭紀から二畳紀にかけて発達した
サンゴ礁がプレート活動によってユーラシアプレートの東端にある日本列島にぶつかり堆積したものが
今からおよそ2億年前に隆起したものである 後に二酸化炭素を含む雨水の浸透によって石灰分が溶食され
地表面に多くのドリー ネ等のくぼみを形成し 地下水となって鍾乳洞を形成発達させた
この広大なカルスト台地の中央部には厚東川が流れ これを境にして特別天然記念物の秋吉台を含む東台と
採石鉱業や湧水による産業が発達した西台に分けられている 別府弁天池はこの西台の北側に位置しており
ドリーネの池の底から湧水し 清水は日差しの角度によってコバルトブルーや緑色に輝き
秋芳洞とともに秋吉台を代表する観光地となっている 別府弁天池の湧水は秋芳洞の水質と同じ
カルスト地特有のカルシウム−炭酸水素塩の水質ではあるが大きな違いも見られ
水質を左右させる地下岩石の分布や 浸透水の経路などが複雑であることを想像させる
別府弁天池の湧水は 池の北西・美祢長門の市境にある花尾山から流れる地下水が
断層沿いに湧き出ていると想像されている
昭和60年(1985)別府弁天池湧水として名水百選に選定された
平成27年(2015)日本ジオパークに加盟した「Mine秋吉台ジオパーク」のジオサイトとなった
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コバルトブルーに輝く水面
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池底からコバルトブルーに輝く気泡が湧き上がる まるで宝石のアパタイト
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別府厳島神社 今でも「弁天様」と呼ばれ親しまれている
大干魃の時にも涸れることがないカルスト湧水池のほとりに 平安時代の大同年間に水神様として
安芸の宮島厳島神社の分霊を勧請し祀ったのが始まりとされ 江戸時代まで弁天社と称していた
神社の建立以降 湧水池は弁天池と呼ばれるようになった
弁才天とは ヒンドゥー教の芸術学問の神である女神サラスヴァティーが 天部の守護神として
仏教に取り込まれ 漢音訳として「弁才天」と表記されたものである
日本に仏教と同時に弁才天ももたらされた サラスヴァティーは古代インダス文明期にあった川の名前で
聖なる川そのものが女神の化身として崇められたものである そのため元来は水の神であったが
言葉・言語による論説や知識・音楽など 流れ出るもの全ての女神となった
日本においては 平安時代に宗像三女神の市杵嶋姫命と神仏混淆され 水神としても崇められた
中世から近世にかけては「弁財天」として七福神の一神とされた
明治元年(1868)3月 明治新政府によって神仏判然の令(神仏分離令)が発布され
明治4年(1871)に厳島神社と改称し主祭神を市杵嶋姫命として現在に至る
茅の輪は 夏越の祓(なごしのはらえ)で 潜ってひと夏の無病息災を祈願する
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別府厳島神社とます料理の店弁天会館
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赤い石は藻の一種である「ベニマダラ」が付着したもの 青苔が生えない程度の流速を持つ清流に繁殖する
ベニマダラ科ベニマダラ属タンスイベニマダラ(淡水紅斑) 学名:Hildenbrandia jigongshanensis
環境省のレッドデータブックで 準絶滅危惧(NT)に指定される希少種
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山口県美祢市秋芳町別府 壬生神社

壬生神社は 標高356.8mの城山(別名:石楠山)の南麗・別府(旧:嘉万​下郷村)流田に鎮座する
神社の初見は 平安時代前記の仁寿元年(851)の『文徳実録』に記載され もとは壬生大明神と呼ばれ
美祢郡の総鎮守といわれた社であった 社伝によれば 大同3年(808)に豊浦ニ宮(忌宮神社)を勧請し
永暦年間(1160〜61)に平重盛により再建され 美祢郡の総鎮守になったとされる
中世末の動乱期には戦場となり 社殿や社宝も兵火により焼失し衰退した
その後は嘉万ノ郷の氏神となったが 嘉万に日吉神社が勧請された後は氏子組織が分裂し
今は堅田・水上・前水上・湯之上・芹田・江原の氏神となっている
かつての神仏習合による繁栄時には 真言宗の社坊6ケ寺を擁していたが  戦国時代には既に廃寺になった
天保13年(1842)の『防長風土注進案』によれば  壬生大明神は神功皇后のこととある
明治4年(1871)新政府の神仏分離令によって壬生大明神を壬生神社に改称し郷社に列した
現在の祭神は 高淤加美神・神功皇后・仁徳天皇の3柱を祀る
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上部から見る正面参道 一の鳥居(県道)・二の鳥居(手前)・石橋がある
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山口県美祢市秋芳町別府 白水の池(しらみずのいけ)

水がやや白濁していることから「白水の池」と呼ばれ 左手奥の洞窟「白水の池の穴」から湧水が噴出し
池から満ち溢れた水は白水川として流れ出ていく 池の穴はここから西に直線距離にして約4.5km離れた
美祢市於福町大字下字入水にある於福洞に通じている 於福洞に吸い込まれた水が石灰岩の中を通り
この地で再び地上に噴出し池となったもので 灌漑用水として利用されてきた
白水川は約2.2km下流で厚東川(ことうがわ)に合流し瀬戸内海へと下る
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「白水の池の穴」がある辺り
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天明3年(1783)に造立された弁財天座像を安置する祠
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「白水の池の穴」は左側の奥
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池に生息するヌートリア
南アメリカ原産の大型ネズミの仲間 別名:沼狸 日本には本来分布していない外来種である
「特定外来生物による生態系等に係る被害の防止に関する法律」で指定第一次指定種に分類されている
毛皮を取るために移入したが毛皮製造の著しい減少によって野に放たれ野生化し 世界各国に分布する
日本には旧帝国陸軍向けの毛皮採取を目的として導入されたが 第二次世界大戦集結後に需要が激減し
飼育されていた個体の多くが野外に放逐された 本州の東海地方以西に多く分布する
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