2015.11.05 山陰車中泊の旅 No.4 三隅町

石正美術館と石州和紙の里 潮路なぎさみち
水陸交通の要衝・三隅川との共存の町
かつて港町として栄えた浜田市三隅町は、入江に恵まれた地形から、山陰道の水陸交通の要衝として
栄え賑わっていました。町の南を望む高城山の山頂には、この地域一帯を支配した鎌倉期の豪族、
三隅兼信の居城であった三隅城跡が残っています。城跡からは町を一望することができ、今も歴代三隅氏の
強い反骨精神は町の人々の心|こ深く根付き脈々と受け継がれています。
「水澄みの里」とも呼ばれる三隅町は、町の中央を縦断する三隅川の豊かな水量により、古来から
独目の製法による丈夫で雅味に富む石州和紙の生産が盛んで、この地方の重要な産物でした。
江戸時代には御用船商人が竹島まで赴いて中国大陸へ密貿易に使用したり、年貢米に変わる紙年貢として
幕末まで藩の財政を支えました。しかし、町に多くの恵みを与えた三隅川は時として町の人々に
災いをもたらすことがあり、昭和18年・58年の二度にわたる大水害では多くの犠牲者がでることになりました。
この教訓から、町は高台へ小中学校を始め町の施設の移転を行うとともに、石正美術館や石州和紙会館を開館し、
三隅の心に触れ芸術文化を次世代へと伝承していく場を創りました。
ここには三隅町の文化を発信する心豊かな空間か拡がります。
ひときわ人々が集う美術館の回廊は、やわらかな曲線に包まれて際だった美しさをみせます。
高台を下ると、川沿いに太古の昔より繰り返される入り日がまばゆい情景の日本海へと誘う
「潮路なぎさみち」へ繋がっていきます。河口右岸には、中世以来河口港として繁栄した湊浦があります。
鉄道の開通と共に港が無くなり港町としての様相は残していませんが、一角の古い町並がかつての
活気を感じさせます。さらに左岸には奈良時代から市のたっていた古市場の漁業集落を見ることかできます。
三隅川河口では、町の歴史を後世に語り継ぎ先人との絆を大切にしていきたいとの思いから、
平成25年に精霊流しが行われました。いにしえの昔より伝わる石州和紙で作られた灯ろうを
三隅川に流して祖先を偲ぶこの行事は、心すかれるまち三隅の宝として継続されていくことでしょう。

夢街道ルネサンス認定地区
夢街道ルネサンスは、歴史や文化を今に伝える中国地方の街道を「夢街道ルネサンス認定地区」として
認定しています。中国地方の豊かな歴史・文化・自然を生かし、地域が主体となって個性ある地域づくりや
連携・交流を進め、地域の活性化を図ります。地域づくりとともに、目的地に向かって移動するだけでない
”楽しみながら巡る”新しい「街道文化」の創出を目指します。

平成24年度認定 / 島根県浜田市 / 潮路なぎさみち推進協議会
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潮路なぎさみちマップ
@ 古市場町並 A 針藻山公園 B 湊浦町並 C 田浦公園 D 西田製紙所 E 石正美術館 F 石州和紙会館
G かわひら  H 石州和紙久保田 I 西田和紙工房  J 三隅歴史民俗資料館 K 三隅神社  L 三隅公園

湊浦・古湊
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三隅町立三保小学校 創立100年超の木造校舎 平成9年(1997)3月31日廃校
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講堂

湊浦・古湊 町並散歩
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湊八幡宮
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郵便局らしい雰囲気の建物 予想では大正時代の建築物か?
バス停留所に書かれている「ひゃこるバス」とは浜田市生活路線バス三隅路線(コミュニティバス)の愛称で
「ひゃこる」は方言で「呼ぶ」「叫ぶ」の意味で <「おーい」と「ひゃこる」>という風に使うらしい

古市場の町並散歩
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無料ゲストハウス 「釣人の番屋」 中本渡船経営の釣り人専用無料宿泊施設ですが 中本渡船ブログには
連荘・早朝・深夜の釣にも無料「番屋」で楽々御くつろぎ
<注意>
原則は無料なんですけど、運営経費捻出のため、 番屋内 玄関のところにカンパボックスを設置して
協賛金の呼びかけをしております。ご理解のうえ応援のほど宜しくお願いします。
カンパボックスに最大1000円程度まで(完全宿泊24時間利用の場合)
半夜(12時間利用の場合:500円) 一時仮眠・休憩(6時間内外:300円) 入浴のみ:100円
程度の協力カンパをお願いしています。台所で炊事が出来るように調理器具や器なども大体、備え付けております。
釣った活きの良い魚を肴に是非至福の一時をお過ごし下さい。とあるのでカンパしましょう それでも安い
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港の恵美須神社
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浜田市三隅町岡見 県道171号線と212号線の三差路にある古い建物
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