2015.07.25  岡山県高梁市成羽町吹屋・吹屋ふるさと村

豪商は通常 財にあかせて建築を競いあい 自己主張の強い建築物を建てるのが世の習いである
しかし 赤銅色の石州瓦とベンガラ色の外観で統一された建物が 整然と続く吹屋の町並みは
江戸末期から明治にかけて 吹屋の旦那衆が合議の上で 石州から宮大工の棟梁たちを招聘し
統一感のある町に仕立てたという当時の日本では考えられない 先進的な努力により作り上げられたものである
個々の屋敷が豪華さを競うのではなく 旦那衆が自己を抑止し意図的に後世に残した町並み文化遺産である
昭和52年(1977)に6.4haの範囲が 岡山県下初の「国の重要伝統的建造物群保存地区」の認定を受けた
吹屋は江戸時代中期より 幕府天領地として吹屋銅山を中心とする鉱山町へと発展し
幕末から明治にかけて 銅鉱とともに硫化鉄鉱石を産出し これを酸化・還元させて
人造的に防腐防蝕剤及び顔料としてベンガラ(酸化第二鉄)を製造した 日本唯一の巨大産地として繁栄を極め
主に磁器の絵付けや漆器 神社仏閣の外壁塗装などに多用された 最盛期には鉱山労働者数が 1200人超となった
昭和6年(1931)銅山が閉鎖され 250年の歴史にピリオドが打たれ衰退するが
幹線交通から取り残された山間部に位置する為 意識的に作られた町並みが無意識的に保存されたといえる
吹屋に到着したのは午後5時であった 商店や展示館などは閉める準備が始まり
また 強烈な西日が差し暑かった このような町並みは曇天か小雨の時が似合う
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山神社鳥居
山神社本殿
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吹屋史料館前
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消防団詰め所の玄関 中には消防車が
どのように開閉するのか不明
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元は蔵の扉
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外人さんも驚く「無人販売所」

吹屋小学校 岡山県指定重要文化財
明治6年(1873)に民家を借用して拡智小学校として開校した その後 吹屋小学校に改称
明治31年(1898)に吹屋村が 吉岡銅山本部跡地を譲り受け校舎建設を開始
明治32年(1899)に吹屋町立尋常高等小学校と改称して 明治33年(1900)に東西校舎と
東西廊下が完成し現在地に移転した 中央の本館は明治42年(1909)に竣工している
江戸時代から戦前にかけて日本三大銅山の町として さらに江戸時代末期からはベンガラの
日本唯一の産地として繁栄した吹屋の町の いわば絶頂期に建設された小学校校舎であり
その特徴的な構造は「江川式建築」であるとされ 江川三郎八の設計か もしくはその影響を
強く受けていることが推測されている 江川三郎八は岡山県庁在勤当時 洋風木造建築物を多く手がけ
外観デザインはアメリカ風スティックススタイルで 正面から見ると左右対称のルネッサンス形式である
このような西洋風建築の特徴を生かした学校や公的施設を次々と設計し高く評価された
本館2階講堂内部の折上天井及び正面演壇や 天井を支えるトラス構造等は当時の建築手法を今に伝える貴重な
ものである この地に校舎が建設されてから1世紀以上を経過し 国内において 現役最古の小学校校舎として
多くの児童の成長を見届けてきたが 児童数の減少から平成24年(2012)3月末日をもって閉校となった
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吉岡銅山跡の廃墟
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