2013.08.13−17 山口県東部車中泊の旅 大畠散歩

大畠(おおばたけ)は 周防大島と大畠瀬戸を挟む古い町 吉川(きっかわ)藩の小瀬上関往還の宿駅である
吉川藩(岩国藩)
周防国大島郡の一部及び玖珂郡南部を領地とした独立藩 藩庁は岩国城跡の陣屋である 江戸時代を通じ
長州藩毛利氏一門の吉川氏が領主だったため 毛利氏の支藩としてのイメージが強く通称吉川藩と呼ばれるが
長州藩においては 吉川は毛利の家臣であり 大名ではないと主張し 幕府に対し岩国領を支藩とする届け出は
していない しかしその一方で幕府からは六万石の外様大名格として扱われるという 極めて希な存在であった
これは関ヶ原の戦いにおいて 吉川広家が東軍方に内通し西軍不利の情報を得て 毛利勢の動きを封じ戦いに
参加させなかった その後も毛利氏安泰を計り 黒田長政を通じ家康より所領安堵の密約を取りつけていたが
戦後一転して家康は毛利家を取り潰し吉川家を取り立てようとした これに対して吉川広家は毛利氏存続のため
奔走し 結果として毛利氏は改易は免れたが 長門・周防の2カ国に大幅に減封さた このことが幕府側からは
一定の貢献があったとされたが 一方毛利側からは裏切り行為と見なされ 非難されていたことと関係する
大政奉還後の慶応4年(1868)3月 新政府により正式に岩国藩として認められているが
明治4年(1971)には廃藩置県となり 岩国藩の歴史は3年6ヶ月の短命であった
小瀬上関往還
西国道(旧山陽道)小瀬の渡し場を起点とし 室津半島の先端・上関までを結ぶ総延長15里(約59km)の街道
小瀬川(木野川)右岸の小瀬から右岸沿いに 関ケ浜−瀬田−和木を経て装束浜へ出る 海岸伝いに室の木から
今津の札場へ 今津川を渡り中津を横断し 再度 門前川を渡り門前へ至る 門前からは喜落寺峠を越え平田へ
平田からは山麓を迂回して海土路へ 海土路から片山峠を越えて郷ケ崎へ至り 郷ケ崎から海沿いに
藤生−黒磯−青木を経て保津へ 保津からは中・有木の二つの小さな峠を通津へ越え その後は由宇から神代へ
神代から船木−本谷−西畑を経由して 石神川沿いに大畠へ至る 後は遠崎を経て柳井津に入り
伊保庄−竹の浦−宇積−尾国−志田を経て室津・上関へと至る道である
ふれあいタウン大畠に車を止めて散策開始
imgimg
国道に面して建つ常夜灯
以前 常夜灯は海岸にあった
imgimg
海原神社
隣にある 浄土真宗本願寺派 迦陵山 長泉寺
img
最西端の本町漁港 背後に大島大橋
imgimg
鯛の形をした本町漁港のトイレ
狭い旧街道
imgimg
大永年間(1521-27)開基 浄土宗 戒善寺
明和2年(1765)建立 火伏せ地蔵
imgimg
大師堂
大師堂内部
imgimg
街道筋
戸口にある謎の「おまじない」
imgimg
旧商家の出桁軒 腕木はケヤキ製
渦潮と大橋・鯛をあしらったマンホールの蓋
imgimg
災難除地蔵
明治の大島渡船発着場 住吉漁港・住吉神社

萬屋材木店
img
img

松本呉服店
img
img
img

imgimg
芝居小屋「大畠座」跡
古い町並み
img
作り酒屋
img
古い町並み
img
小河履物店
img
内町の火伏地蔵
imgimg
地蔵裏の船着き場跡
石神川

もう少し町並みは続くが今回の散策はここまで 次は柳井の「柳井温泉」へ早く風呂に入りたい
<PREV・周防大島>  TOP  <NEXT・柳井散歩>