2013.08.13−17 山口県東部車中泊の旅 No.5 岩国

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錦川清流線美川橋梁 根笠駅10:42発下り525D列車 NT3000形気動車 ピンク色桜柄のNT3002 ひだまり号

錦帯橋
木造5連アーチ橋 全長193.3m 幅員5.0m 継手・仕口といった組木の技術に鋼の楔・和釘を用いて建造
延宝元年(1673)初代錦帯橋が完成 翌年の延宝2年(1674)流失 同年橋台の敷石を強化して再建
その後 記録によれば 江戸期にはアーチ橋部は約20年ごと 桁橋部は約40年ごとに架け替えられている
橋板や高欄は約15年ごとに取り替えられその回数は 現代まで第一橋10回・第二橋14回・第三橋14回・
第四橋16回・第五橋9回となっている 橋の耐年数以上に頻繁に掛け替え工事を行ったのは 架橋技術の継承を
計るためと推測される 元禄12年(1699)の絵図面が残り その他12枚が残る 図面によれば工事の毎に
改良が加えられ 寛政8年(1796)に現在の形状が定まったことがわる 以後210年間は 形状や意匠の変更はない
平成の架け替え工事は こうした古図を参考に 設計や測量はすべて尺貫法で行われ
釘も手打ちした「たたら鉄」の和釘が使われた 頻繁に行う掛け替え工事費を捻出するため 藩内では
武士・農民など身分階級を問わず「橋出米」という税が徴収されていた ただし橋を渡れるのは武士や一部の
商人だけであった 明治以降は一般に解放され 明治28年(1895)「錦帯橋保存会」が設立 掛け替え費用の
募金活動を始める 大正11年(1922)史蹟名勝の指定を受ける 昭和41年(1966)以降は 観光客から
「入橋料」を徴収し 掛け替え・管理の財源を捻出している 昭和25年(1950)9月14日 台風により崩壊
錦帯橋はほぼ完全に流失する 昭和28年(1953)に再建 平成13年~平成16年(2004)約50年ぶりに
橋体部分の架け替え工事が行われた 平成17年(2005)9月 台風14号で 第一橋の橋脚2基が流失
後に復旧され今に至る 現在 橋体に使われている木材はアカマツ・ヒノキ・ケヤキ・クリ・カシ・ヒバで
最新の架け替え工事は 全国から約7年かけて木材が集められ 100%国産材で架橋された
近年 錦帯橋のアーチ形状は カテナリー曲線(懸垂線)である可能性を複数の研究者が指摘している
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近代土木遺産 西岩国駅 昭和4年(1929)4月5日 岩徳線の岩国駅として開業
昭和54年(1979)開業50周年を記念して 待合室照明・ベンチ・改札口柵など駅舎の復元工事がされる
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岩国を後に周防大島(屋代島)に向かう
途中 船舶を模した建築の由宇歴史民俗資料館に寄る 館内の冷房は客が来てからスイッチオン なのでうだるような暑さ
見るべきものもなく早々に立ち去る
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周防大島町 八幡生涯学習のむら
涼みに入ったつもりがここも冷房無し そして見るべきものが少なく早々に退散
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島内観光は翌日にするとして 下見を兼ねて「ざっと」ドライブ 本日の車中泊場所を探す
「道の駅・サザンセトとうわ」は大半のスペースが夜間使用禁止 その他の施設もキャンパーが多くて騒がしそう
竜崎温泉(入浴料:700円)で入浴後 夕闇迫る中 結局 本土側の東瀬戸PAに車中泊
夜半を過ぎれば通行量も減り静かになる トイレも綺麗である
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