2013.05.14−16 大津−鳥取車中泊の旅 No.5

山陰海岸ジオパーク 諸寄から浦富へ
今日の旅程としては  九州へ明朝までに帰らなくてはならないが まだ兵庫県にいる
山陰を通り寄り道もする 関門海峡まで まだまだ遠い
Link:山陰海岸ジオパーク公式サイト

兵庫県新温泉町・浜坂 風待ちの湊 諸寄(もろよせ)港
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諸寄港は 江戸から明治時代にかけて日本海を北前船が往来していた当時 「風待ち湊」として賑わった港である
港を見下ろす城山公園展望台へ車で上る 雲が流れていく 陽が昇るにつれ 海の色が刻々と変化していく
展望台で朝食をとる 遊歩道を行けば浜坂港側にも行けるが なんの変哲もない景色であった
兵庫県新温泉町・居組
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穴見海岸
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東浜居組道路には入らず 国道を行く 居組港を過ぎれば「七坂八坂」の峠道
「撮ってちょ〜台」という展望台からの居組港の展望 峠を越えれば鳥取県である
鳥取県岩美町・東浜 東浜にはサーファーが多くいる
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峠の展望台から東浜遠望 砂浜と旧国道と山陰線
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鳥取県岩美町・西脇海岸
最も美しいと言われる海岸 東浜の西端にあるので「西脇」でしょうか
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鳥取県岩美町・城原(しらわら)海岸
白砂青松100選の浦富海岸から 県道155号線を海岸に沿って移動 浦富海岸は美しい白砂浜ではあるが
岩礁が続く山陰ジオパーク内では インパクトの無い地味な存在でしかない 先に進み城原海岸へ行く
城原海岸は 円く磨かれた握り拳程度の大きさの礫(れき)が多く見られる礫浜です これらの礫の多くは
浦富海岸一帯に広く分布している花こう岩で 浦富海岸の花こう岩は 日本列島がアジア大陸の一部であった
約6000万年前にできたと考えられています
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左沖合の ひときわ大きい岩礁が「菜種島」である
城原海岸の沖合の一番大きい「菜種島」から陸地に向かって並ぷ五つの島を「菜種五島」と言い 
花こう岩でできています これらの島は陸続きであったものが 波によってけずられて洞窟ができ
やがて貫通して洞門となり その洞門が大きくなって上盤が崩落し 分離して島となったものです
なお 「菜種島」は 毎年春になると菜種が美しい花を咲かせることから この名がつきました
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「菜種島」の洞窟
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城原海岸の北東600m程の沖合いにある島で 一見黒ずんで見えるので黒島の名前がつきました
海岸や周辺の島が花崗岩であるのに対して 黒島は凝灰角礫岩という岩石でできています
この凝灰角礫岩は およそ2000万年前頃の火山活動によって形成されたものです
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網代港から出航している「浦富海岸めぐり」観光船
鳥取県岩美町・鴨ヶ磯海岸
なおも県道155号線を海岸に沿って 鴨ヶ磯展望駐車場まで移動
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網代で国道178号線に戻り 駟馳山峠で9号線と合流 鳥取砂丘を目指す
鳥取砂丘
山陰海岸国立公園の特別保護地区に指定されており 南北2.4km 東西16kmの海浜に面した砂丘としては
日本最大である 昭和30年(1955)に国の天然記念物に指定 平成19年(2007)に日本の地質百選に選定された
砂丘の形成は 中国山地の花崗岩が風化し 千代川によって日本海へ流された後 海岸に集まったものが砂丘の
主な砂となっている 海中の砂を海岸に向けて流れ寄せる潮流と 海岸線に堆積した砂を内陸へ吹き込む
季節風の働きで形成されたと考えられている 砂丘本体は千代川を挟み東西に広がっているが
通常「鳥取砂丘」は 千代川の右岸(東側)545haの「浜坂砂丘」を指す 最大高低差は90mもあり
「すりばち」と呼ばれる窪地も有名で 特に大きなものは「大すりばち」と呼ばれ40mの高低差になる
すりばちの斜面に現れる流れるように砂が崩れ落ちた形が 簾を連想させる「砂簾(されん)」といった模様や
風速5-6m程度の風によって形成される「風紋(ふうもん)」と呼ばれる筋状の模様も有名である
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今日は風が強いので砂丘の至る所に「風紋」が出来ている 「風紋」も風と一緒に歩いている
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風が強く吹き飛ばされる砂で足下が霞んでいる カメラの防塵に必死であった
砂丘で今回は THE END とする 帰途は「明治の駅」を訪ねながら帰る
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