2025.11.23 福岡県福岡市中央区天神 アクロス福岡 ステップガーデン
アクロス福岡は 天神1丁目1番1号にあり 福岡県国際文化情報センターとオフィス・商業施設が入る
官民複合施設である 旧福岡県庁跡地に建設され 同敷地内の南側は公園化され天神中央公園となっている
開業は平成7年(1995)4月であった アルゼンチンの建築家エミリオ・アンバース氏の構想を基本に
日本設計が実施設計を行い竹中工務店が施工を行った その特徴は 公園に面する南壁をステップガーデンとして
樹木が植えられ 都会に公園から続く山を再現したことにある この庭園へのアクセスは出口を出て公園から徒歩で
登る必要があり 非常時を除きビル内から出ることは出来ない また公園の一部として通常解放されている
道路に面する北面は オフィスビル型のファサードとなり シンフォニーホール・国際会議場
イベントホール・円形ホールや大小会議室などが設けられ 中央に自然光の射すアトリウムが設けられている
Christmas Advent Hikari No Forest FUKUOKA
天神中央公園やアクロス付近では QTnetによるクリスマスアドベント 光のフォレストが開催中
期間は11月13日~12月25日まで 平日は17:00-22:00まで イルミネーションの点灯は24:00までとなる

九州大学付属図書館 福岡城下町・博多・近隣古図:https://www.lib.kyushu-u.ac.jp/ja/news/26383
高さ:60m 階段数 西:405段 東:404段 移動手段徒歩のみ 所要時間:30分
春季~秋季(3月-10月)9:00~18:00 冬季(11月-2月)9:00~17:00
屋上展望台は 土日祝日のみ 10:00~16:00
天神中央公園 旧福岡県公会堂貴賓館
明治43年(1910)開催の「第13回九州沖縄八県連合共進会」の来賓接待所として 那珂川と薬院新川が合流する
三角州の先端に建てられ洋館建築物である 九州沖縄八県連合共進会は 地場産業の発展を目的に同業者の
見識を深め物産を比較評価してその改良発達を図るのが目的で企画され 明治15年(1882)長崎において
第1回目が開催され 鹿児島・熊本・佐賀を経て 第5回目が明治20年春に初めて福岡で開催された
第13回目の開催に際し貴賓館の建設に着手し 設計監理は福岡県土木技師であった三條栄三郎が担当した
竣工後の明治43年4月には 皇室閑院宮御夫婦の宿泊所として利用され 共進会開催中は来賓を接待しての
夜会が催された 共進会終了後は 県の公会堂として一般県民に解放利用されていたが
第二次大戦後は福岡高等裁判所・福岡県農林事務所などに転用され 昭和31年(1956)11月以降は
福岡県教育委員会庁舎として使われた 昭和56年(1981)博多区東公園内に竣工した新県庁舎への移転に伴い
教育委員会も同年に移転 県庁跡地が都市計画公園「天神中央公園」の一部となることから取壊しが決定された
しかし 旧公会堂併設の貴賓館については 数少ない明治期のフレンチ風ルネサンス様式の木造建築物として
国指定重要文化財に指定され 修復を経て公園施設の一部として解放され広く県民に親しまれている
建築面積:約396.3平方メートル 木造2階建 スレート及び鉄板葺 一部桟瓦葺
石柱の玄関ポーチ・北東隅の八角塔屋・南側背面に平屋建の浴室・洗面所などの付属棟・南東隅のベランダほか
外壁の化粧タイル貼り・モルタルによる疑似石造が特徴的
この部屋は貴賓館の中では最も重厚な雰囲気を持った部屋となっています。 天井に画かれた青空と雲の絵は、
修理の際に「雲がぽっかり浮かんだような絵があった」と言う情報をもとに、真っ白に塗られたペイントを
少しずつ丁寧にはいで行くとキャンパスに描かれた油絵が出てきたものです。 作者は残念ながら
わかっていませんが、貴賓館に絵を描くということはかなり有名な人ではなかったかと思われます。
福岡市中央区天神1丁目15-4 水鏡天満宮(すいきょうてんまんぐう)
別名 容見天神(すがたみてんじん)
太宰府に左遷された菅原道真が博多津に上陸したおり 清流の水鏡に姿を写したといわれるその地に社殿を建立し
水鏡天神と称した その清流は四十川といい 庄村(今の中央区今泉)の薬院あたりを流れていた
姿見橋という橋もあって神社もその付近に建立されていたが
慶長17年(1612)黒田長政が築城の際 福岡城の鬼門にあたる現在地に福岡城の守護として遷宮した
現在の社殿は 二代藩主黒田忠之が寛永18年(1641)に再建したものである
文化9年(1812)に写し取られた城下図 現在の天満宮と四十川天神の両方が描かれている

福岡市中央区天神1丁目15−30 福岡市赤煉瓦文化館(旧日本生命九州支店)
東京駅を設計した辰野片岡建築事務所の設計 清水組の施工で 明治42年(1909)2月に竣工した
昭和41年(1966)まで社屋として利用 昭和44年(1969)3月 国の重要文化財の指定を機に福岡市に譲渡した
昭和47年(1972)から平成2年(1990)3月まで 福岡市歴史資料館として活用した後
福岡市赤煉瓦文化館として保存活用するため 内部塗装・玄関のリベット打双折戸・鉄製外柵・赤煉瓦の窓ガラス
アールヌーボー調の大理石暖炉などを復元保存整備し 建設当時の姿に近づけた
規模は小さく面積は281.8平方メートル 煉瓦造・地上2階・地下1階・中央にドームを戴いた八角の塔屋を持つ
小屋組は木造トラス構造・竣工時の屋根葺きは天然スレート葺であった
外観は赤レンガの外壁・白い花崗岩の帯・ドーム屋根など 辰野が留学した19世紀末の英国で流行した
クイーンアン様式の影響が随所にあり 内装は照明・階段の装飾・鉄柵などにアールヌーボーの風情が見られる
Wikimedia Commons File:Fukuoka City Museum of Literature 20160405-2.JPG
棟梁の清水満之助(1878-1929)は 現・清水建設の前身である清水組の4代目代表である
清水組は 昭和12年(1937)に株式会社となり 昭和23年(1948)には清水建設株式会社に改称した
昭和36年(1961)に株式を公開し 昭和36年(1961)東証2部に 翌年2月には東証1部に上場した







