2017.05.19 長崎県雲仙市 ミヤマキリシマ

前日は 肥前浜宿の観光駐車場に車をとめて 肥前浜宿から多良宿までの多良海道を約20km程歩いた
駐車場を午前10時に出発し 太良町総合福祉保健センター「しおさい館」に午後16時に到着
「しおさい館」で入浴して汗を流し JR多良駅発17:16発の列車で肥前浜駅まで戻った
車中泊は予定通り「道の駅太良」にしたが 浜宿の観光駐車場でも 新設されたトイレが24時間開いており
車中泊は可能であったと思われる 合わせて「肥前浜宿」の夜の散歩も風情があって良いかも知れない
翌日は 雲仙のミヤマキリシマを見る予定で道の駅を朝早くに出発し 竹崎城址に立ち寄り仁田峠に向かう
竹崎城址展望台
竹崎城比展望台の位置は、竹崎観世音寺の「拝み堂」の跡地と伝えられる場所である。
竹崎観世音寺の由来は、和銅2年(709年)行基菩薩によつて開基され、平安時代藤津郡付近は京の
仁和寺の荘園であった。そして、後深草天皇の頃は、竹崎観世音寺は仁和寺の末寺で
勅願寺として33坊が建ち並び隆盛を極めたと言われている。
太良町は、地元竹崎地区から通称拝み堂といわれる土地を含め、26.679平方メートルの寄贈を受け、
全面的な協力と支援のもとに、平成3年度に竹崎アイランド構想の一連として、
平成3年度から竹崎城址展望台の建設に着手し、平成4年度に完成した。
【竹崎城址展望台整備事業概要】
1.建設年度 平成3年〜4年度 2.事業費 1億6,975万7千円(内展望台建設費1億493万4千円)
3.事業内容 竹崎城雄展望台建設事業
(1)構造鉄筋コンクリート3階建(展望所2〜3階)(2)城郭の敷地面積 497.59平方m
(3)展望台総面積 150.00平方m (4)展望台の高さ 12.07m
(5)夜間照明 11基(スポツトライト4、園内灯7) (6)時代考証 室町時代末期
太良町史蹟「竹崎城址」
<竹崎城址は 展望台駐車場の手前180mの位置にあり 下記内容の案内板が立つ>
竹崎城は、南北朝時代(1378年頃)に、足利尊氏の反逆に対して、南朝の懐良親王に味方して島原の
有馬隆泰が築城し、足利方(今川了俊)の大軍を退けたといわれている。
この地区は、戦国時代、有馬氏(島原)と龍造寺氏(肥前)両者の勢力の接点であったため、
攻防が繰り返された。この時代の末、龍造寺家晴によって修築され、その後、竜造寺家(諫早家)の出城として
重要な役割を果たして来たが、島原の乱(1637~38年)の後取り壊されたと伝えられている。
竹崎城の特徴は自然の地形を利用して、水陸両面に備えた山城と水城の性格を持つ築城様式であることや
野面石、空濠、曲輪の状況や大きさから、町内の大野城等の八つの城の中心的存在であったと考えられている。
石垣の規模から見て、県内では名護屋城、唐津城、佐嘉城に比すべきものであると考えられている。
なお、現在僅かに、東西五百メートル、南北六百メートルにわたる石垣の一部と、
幅十メートル、深さ六メートル、長さ四十メートルの空濠が一条残っているにすぎない。
月の引力が見える町 太良町
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夜燈鼻灯台(昭和29年建造)
樹木に覆われた旧燈台跡
太良町史蹟「夜燈鼻燈台跡」
外海から流れ入る有明海の潮流は、竹崎沖で東西に大き<分かれ、佐賀方面と諫早方面へと流れて満潮となり、
干潮には逆流して竹崎沖で合流し外海へと出る。
この分岐と合流の複雑な浪立ちが「竹崎沖の三角浪」といわれた。
さらに近くに鶴ノ瀬の岩礁があり、海の難所と恐れられ、海難事故が多かった。
もともと夜燈鼻と佐賀(厘外)港には燈台が立ち、それぞれ近くの寺が管理して来た。
その後、しばらく中絶していたのを寛廷年間(1748〜50)、諫早領の家老 早田番佐衛門が再建したが、
文政11年(1828)の大風で倒れたので、明治2年(1869)番佐衛門五世の孫 早田市右衛門が再建した。
これが我が国燈台史上初の十一面ガラス鏡式洋風燈台である。それまで竹崎観世音寺で管理していたが
廃止となり、昭和29年(1954)海上保安庁により新燈台が設立され現在に至っている。
その跡に佐賀藩、国学副教授 武富イ南(イは土偏に巳)の筆による照海灯の碑が建つている。
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現在の夜燈鼻灯台
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竹崎城址展望台
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竹崎港 佐賀藩時代は筑後川を下りここまで舟で往来した
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有明海の向こうに雲仙普賢岳を見る
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出漁の朝
雲仙・仁田峠のミヤマキリシマ
仁田峠は 長崎県島原半島の中央部に位置し 標高1333mの妙見岳と標高1142mの野岳間の鞍部にある
国道57号線の空池分岐から国道389号線の吹越分岐まで一方通行の仁田峠循環自動車道が通じており
仁田峠駐車場の標高は約1070mとなっている その東側には標高1079mの仁田峠展望所があり
普賢岳・平成新山および有明海や橘湾を眺望し また条件の良い日は遠く阿蘇久住を見ることも出来る
峠一帯は 春のツツジやミヤマキリシマ 秋には「普賢岳紅葉樹林」として国の天然記念物にも指定される
美しい紅葉を見ることが出来る 展望所からは 北側にそびえ立つ妙見岳の中腹まで雲仙ロープウェイが通じ
厳冬期には 山上を覆い尽くす「花ぼうろ」と呼ばれる霧氷を間近に見ることが出来る
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標高1018mの仁田峠第二展望所から平成新山を見る
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仁田峠駐車場から雲仙ロープウェイ妙見岳駅
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仁田峠展望所下のミヤマキリシマ
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妙見岳登山口
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片道だけロープウェイに乗り妙見岳へ
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山上駅展望所から仁田峠と雲仙おしどり池
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妙見神社
神殿横の登山口
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妙見岳山頂から国見岳
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普賢岳(手前)と平成新山の溶岩ドーム
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ミツバツツジ
ミヤマキリシマの蕾
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下山道からロープウェイの妙見岳駅
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下山道から俯瞰
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一株だけあった珍しい「白花ミヤマキリシマ」
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妙見岳と平成新山
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池の原園地のミヤマキリシマ
池の原園地の標高は750mから850m程度で 国道389号線と雲仙ゴルフ場に挟まれ
南北に1.3kmと長く面積は約12.2haある 駐車場は三ヶ所あり園地の北端は普賢岳登山道に通じている
仁田峠に比べると標高が低いため 既に見頃を過ぎた枯れ花が多い
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北の東屋
緑とピンクのコントラスト
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ロープウェイの妙見岳駅を遠望
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標高831mの温泉岳(うんぜんだけ)
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標高940.2mの矢岳
池の原園地を南北に貫く遊歩道

宝原つつじ公園(ほうばるつつじこうえん)
宝原つつじ公園の標高は750m程度で面積は21.84haあり 雲仙小地獄の奥地にあたる
公園の南端は標高880.9mの高岩山登山口となっていて 高岩山頂へは1.3km約40分で登ることが出来る
また 北の標高940.2mの矢岳へも 園地入口から約1.2kmの登山道が通じている
公園外周遊歩道は距離約2.0kmで10%程度の勾配はあるが 階段のない比較的平坦な道となっている
ここも  仁田峠に比べると標高が低いため 見頃を過ぎ枯れた花がある
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展望台への道
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外周遊歩道から妙見岳遠望
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新緑とミヤマキリシマの補色対比
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小地獄の丸登屋旅館 日帰り湯300円で貸し切り状態 湯は別府の鉄輪温泉と同等の熱さ
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丸登屋さんの玄関
何時も混雑している 小地獄温泉館
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