2014.12.22  別府市内 湯治で散歩

恒例の鉄輪湯治で 別府市内を散歩
「浜田温泉史料館」
別府八湯・亀川温泉 旧浜田温泉館  昭和10年(1935)建築 入場無料
老朽化のため平成16年3月に解体された 別府市在住の個人の篤志家から 再建費用として
6500万円が市に寄付され 平成17年1月から復元工事が行われ同7月に完成した
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旧浜田温泉館

登録有形文化財(建造物) 医療法人野口記念会 野口病院管理棟
大正11年(1922)竣工 木造2階建 瓦葺 建築面積:563平方m
東側に尖塔屋根を軸とする左右対称のファサードを持ち 背面に2列の棟が伸びて中庭を囲む構成をとる
特徴のある外壁は グレーのモルタルによるスペイン壁の上部に白漆喰のハーフティンバーがのる
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登録有形文化財(建造物) 医療法人野口記念会 野口病院管理棟

鉄輪から別府八湯・明礬温泉まで歩く 往復約7km 1万歩のウォーキング
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鉄輪地獄地帯公園 別府では珍しい積雪に見舞われた
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別府市小倉 標高300m
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高速大分道の別府明礬橋 昭和64年(1989)竣工 235.0mのアーチ支間は竣工時では日本一であった

明礬温泉
鉄輪温泉から西方約3.5kmの位置にあり 標高400mの伽藍岳中腹にある地熱地帯で その名の通り
江戸時代から明礬(湯の華)が採取されてきた温泉地である 急傾斜の地獄に石垣が築かれ
湯の華小屋が建ち並び 湯煙立ち込める景観は 鉄輪温泉同様「別府の湯けむり・温泉地景観」に含まれ
風景の文化財として「国の重要文化的景観」に選定されている
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明礬温泉入り口
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高速大分道の別府明礬橋 高崎山と別府湾を一望する標高400mの地
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明礬温泉 共同外湯・鶴寿泉 現在湯温低下で閉鎖中

明礬温泉  湯の華採取小屋
小屋の中に青粘土を敷き詰め 粘土から析出し結晶化した湯の華や明礬を 採取する方法が採られている
製造される湯の華は生産量も多く全国に流通する この明礬の製造は 寛文4年(1664)渡辺五郎右衛門が
森藩領の豊後国速見郡鶴見村の照湯(別府リハビリテーションセンター辺り)にて初めて成功した
享保10年(1725)には 脇儀助が同じ鶴見村の明礬温泉にて本格的な生産をおこない さらに隣接する
幕府直轄地の野田村でも生産が行われ 産出量は合わせると全国の70%を占めた 火薬の原料にもなる明礬は
享保15年(1730)からは幕府の専売品として明礬会所が設けられ 独占的な取引がおこなわれていた
明治時代以降 中国産の安価な明礬が流通するようになると 専ら湯の華が製造されるようになった
別府で長年受け継がれてきたこの伝統的な湯の華製造技術は
昭和43年(1968)に「別府明礬温泉の湯の花製造技術」 として別府市指定の無形文化財に指定され
平成18年(2006)には 同名で国の重要無形民俗文化財にも指定されている
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江戸時代の明礬製造跡
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明礬温泉「湯の里」 背後の扇山と鶴見岳

鉄輪地区散歩
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ひょうたん温泉から 鶴見岳・内山・伽藍岳と手前の大平山(扇山)

鉄輪温泉湯けむり通り
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