2014.09.27  姫島の散歩 大分県東国東郡姫島村

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大分県内唯一の村 行政区は一島一村で東国東郡に属する 現在では東国東郡に属する唯一の自治体となる
島の規模は 東西約7km 南北約4km 面積6.89平方km(諏訪湖の約50%)島内最高峰は標高622mの矢筈岳
毎年行われる姫島盆踊りは全国的に有名で 「キツネ踊り」「アヤ踊り」「銭太鼓踊り」「狸踊り」などが知られ
村指定無形文化財に指定されている 国の天然記念物として 特徴的な灰白色をした「姫島の黒曜石産地」がある
姫島産黒曜石で製作された石器は 中四国の縄文遺跡から発見されている
また県指定天然記念物として「藍鉄鉱」「地層褶曲」が指定されている
平成25年(2013)七つの火山の活動でできた島の成り立ちをテーマに「おおいた姫島ジオパーク」が認定された
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@ 達磨山火口 A 東火口 B 北火口 C 城山火口 D 北浦火口 E 観音崎火口
F 浮洲火口 G 金火口 H 稲積火口
大分県国東市国見町伊美の伊美港から姫島村営のフェリーが一日12便(冬季11便)就航している
片道運賃は大人:570円 自転車:150円 原付:310円
島内周回は 徒歩・自転車・原付バイクなどが適している 今回は徒歩でめぐる
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第一姫島丸に乗船 午前8時40分発
伊美港姫島フェリーターミナル
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船上から姫島
姫島フェリーターミナル 午前9時0分着
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第二姫島丸 姫島フェリーターミナル 第一姫島丸
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松原漁港えびす像
松原 妙見社
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松原漁港と国東半島の山
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灯台まで南岸のひめしまブルーラインを行く
島内唯一の砂浜 姫島海水浴場
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島西端の達磨山
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澄みわたる海岸

おおいた姫島ジオパーク 鷹の巣海蝕崖 <Sea Eroded Cliff(takanosu)>
風雨や海の波などによる浸食作用で削られた、切りたった崖で、地層がうねるように波打っています。
鷹の巣の名前は、鷹(ハヤブサ)が棲んでいることに由来します。(掲示板より)
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ハヤブサ
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大海漁港 焼野岳と稲積半島
おおいた姫島ジオパーク 大海のコンボリュートラミナ <Convolute Lamination at Omi>
平坦になった地層の中にある、まるで瓦を差し込んだような模様の地層は、火山活動等に伴う地震による揺れで、
上下の硬い地層に挟まれた、軟く、もろい部分が、液状化現象により押し出され、複雑に変形してできたと
考えられ、大分県では珍しい地層です。昭和34年に大分県の天然記念物に指定されています。(掲示板より)
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おおいた姫島ジオパーク 大海の褶曲構造 <The Omi Fold Structure>
砂岩、礫岩などからなる、高さ40mの断崖に、水平約150mに渡って向斜構造の摺曲が見られます。
また、地層の中には、地殻変動により、ある面に沿ってずれた断層が、数か所見られます。(掲示板より)
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矢筈岳・褶曲構造とブルーライン
滝見大師(弘法大師野宿所) 奥に「呉岩の滝」がある
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車エビ養殖場と国東半島
姫島灯台用地
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明治時代の石組み暗渠
ハート形は何でも有難い御時世

姫島灯台 (内外掲示板より)
姫島は、国東半島の北方5キロ沖合いの小島で、周防灘、伊予灘の境にあり、沖合は瀬戸内海、豊後水道、
関門海峡の三航路の合流点にあたり、昔から船舶交通の要衝の地である。慶長十年に小倉藩主細川忠興が
領国姫島に石積みのかがり火灯台を設けたと史書にあり、かがり火を用いた和式灯台の初めとされている。
姫島灯台は、明治35年、36年の2か年継続工事をもって、島の東端に建設され、明治37年(1904)3月20日に
点灯された。灯台は高さ12メートルの石造りで、徳山産の花崗岩が使用された。
レンズはイギリス・チャンスブラザーズ製の第四等四連閃光レンズ、灯器はわが国で最初の
フランス製ソーターハーレ式石油蒸発白熱灯が使用された。レンズを回転させる回転機器は国産品が使用され、
水銀を61kg使用した水銀槽式で、水銀によりレンズを浮揚させ回転させていた
動力源の分銅は51kgで、回転持続時間は3時間10分であったため、夜間点灯中に3回〜4回の分銅の巻揚げが
必要であった。 昭和38年(1963)8月に電化されるまで、石油灯器時代が約60年続いた。
なおレンズは初点灯以来のイギリス製のレンズが継続して使われている。
昭和45年4月に灯台が自動化され、現在は大分海上保安部が管理している。
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昭和45年3月まで使われた灯台守の宿舎
生活用水は雨水を濾過して使った
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煉瓦製の竈
右が初点灯時のランプ(レンズは別)
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稲積漁港
姫島マンホール 松とノジギクをデザイン
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島の東端 砂州で繋がる稲積火口跡 灯台は右端崖の上にある
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比売語曽社(ひめこそしゃ)
拍子水観音

おおいた姫島ジオパーク 拍子水 <Hyoshimizu>
姫島七不思議のひとつで、お姫様がおはぐろをつけた後、口をすすごうとしたが水がなく、
手拍子を打ち祈ったところ、水が湧き出したという謂れから、拍子水といいます。
この拍子水は、炭酸水素塩冷鉱泉で、水温は24、9℃で、この温泉を活用した「拍子水温泉」では、
源泉に温水を加えた温泉(約41℃)と源泉を楽しめます。(掲示板より)
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おおいた姫島ジオパーク 金溶岩・スダジイの自然林 <Kane Dacite Site and Castanopsis>
金溶岩は、金火山の噴火によって流れた溶岩が、冷えて固まったものです。この場所では、溶岩の流れた跡を
見ることができます。また、この周辺には、スダジイの自然林(村指定天然記念物)があります。(掲示板より)
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タコ漁が盛んな金漁港
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姫島七不思議・かねつけ石 お姫様が お歯黒をつけるとき 石の上にお猪口と筆を置いたら その型が出来た??
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謎の4人用ブランコ
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弘法大師野宿所 十夜ヶ橋  橋の下で野宿をしたらしい
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姫島七不思議 逆柳(さかさやなぎ)
フジバカマ 10月中旬アサギマダラが蜜を求め渡ってくる
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二股池
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姫島七不思議・浮洲
姫島の沖合にある小さな洲で 漁業の神として高倍様(たかべさま)が祀られている 由来は鳥居や高部様が
高潮や大時化にあっても海水に浸かることがなく いつも洲が浮いているように見えることから名付けられた
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専売所跡地の赤煉瓦倉庫 明治38年(1905)4月1日 熊本塩務局姫島出張所が開所 昭和34年(1959)廃止
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北浦漁港
宇部興産 姫島採石所 真珠石の採石をする

おおいた姫島ジオパーク 観音崎火口跡 <Kannonzaki Crater>
観音崎火口跡は、直径が70mほどあり、火口跡周辺では、乳白色の黒曜石が露出しています。
この展望台周辺から、水平線に沈む夕日を眺めると、悠久の時間を感じます。
正面に見える岩(斗尺岩)には、毎年、猛禽類のミサゴが巣作をしています。(掲示板より)
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おおいた姫島ジオパーク 観音崎 <Kannonzaki>
村内随一の景勝地である観音崎は、乳白色の黒曜石の断崖が、高さ40m、幅120mにも及んでいます。
この黒曜石は、瀬戸内海地域を中心とする西日本一帯で、旧石器時代以降、石器の原材料として使用されていました。
観音崎で見られるような露出した黒曜石(写真上)は、全国的にも貴重なものです。観音崎一帯は、平成19年に
「姫島の黒曜石産地」として、国の天然記念物に指定されました。(掲示板より)
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姫島七不思議 千人堂
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姫島旧郵便局

姫島庄屋古庄家
鎌倉時代 大友家は豊後・筑後守護職と鎮西奉行職に任命されたが 当主の能直にかわり九州へ下向したのは
能直の宰臣の古庄重吉であった 大友氏当主自ら九州へ下向したのは三代目当主・大友頼康の代に
モンゴル帝国の侵略に備え 豊後へ赴任したことが記録として残されている 頼康は元寇において活躍し
後の大友氏興隆の基礎を築いた また初代当主の能直の旧姓は古庄であった
その後 大友氏が秀吉の逆鱗にふれ所領没収の上追放となり 古庄家も伴に豊後を辞している
慶長15年(1610)古庄徳右衛門の時代になり 諸国流浪の末姫島に渡来し 元和8年(1622)庄屋となる
以来 明治4年(1871)の廃藩置県まで 杵築藩姫島郷の庄屋として250年続いた 現在残る屋敷は
天保13年(1842)の建築 敷地550坪 延べ床面積110坪 現在は長屋門の一部に「姫島郵便局」が入居している
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書斎の間
藩主御成の間
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大友一族家紋 抱杏葉
姫島郵便局
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大帯八幡社
帰りは第二姫島丸で
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姫島港と国東半島の山
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