2009.07.15  国東歴史紀行

磨崖仏や摩訶不思議なドルメン 鬼と仏の国東を旅する
ここはまた 謎の氏族 原始キリスト教徒とも言われる「秦氏」のふる里
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熊野磨崖仏
昭和30年 国指定史跡 昭和39年国指定重要文化財に指定された 国東六郷満山の拠点の一つであった
胎蔵寺から山道を約300m程登ると 鬼が一夜で築いたと伝えられる自然石の乱積石段にかかり
この石段を登ると見える左方の巨岩壁に刻まれた日本一雄大な摩崖石仏は 不動明王と大日如来であり
これらの石仏群が熊野磨崖仏である 伝説では養老2年(718)宇佐八幡の化身・仁聞菩薩が造立したと伝わる
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胎蔵寺が記録にあらわれるのは仁安3年(1168)の「六郷山二十八本寺目録」であるので
磨崖仏の造立は藤原末期と推定されている
田染ノ庄
田染荘園は中世鎌倉時代以前より宇佐神宮の荘園として存在し 特に田染小崎区は畦や小道など
当時の姿を伝える唯一の保存地区である 間戸の岩屋・夕日観音から見る風景は中世農山村の風情を今に伝える
宇佐神宮を奉じ祀り また後の平安京を構築した秦氏の故郷でもあり
京都と同じく桂川が 豊後高田市を流れるのは けっして偶然ではない
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以下の写真は 2015.6.21 撮影の田染ノ庄
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国指定重要有形民俗文化財 泉福寺石風呂(せんぷくじ石風呂)
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金亀山泉福寺は養老年間に仁聞菩薩(にもんぼさつ)の開基と伝えられ  観応3年(1352)に再建されたが
明治初年に廃寺となった この石風呂の構造は上下二階式で(左写真)上部が浴室(右写真:浴室内部)
下部が火ぶくろとなっている 浴室入口の両側と上部は板碑 浴室内の四壁は岩盤を削ったり
板碑や各種の石材を積み重ね 天井や床は板碑や板状の石材を用いている
 石風呂は全国的に横穴式・炭竃式のものが多く このような二階式のものは類例が少ない
使用法は下から火を焚き 床に石菖やヨモギ等を敷きつめ 熱くなると水をかけて中に入り身体を温めて
治療していた 浴室入口の高さ90cm 奥行きは150cmである 製作年代は不明であるが
江戸時代中期の記録に「病人多く集り焚く」とある
平成八年三月 杵築市教育委員会
佐田京石(さだきょういし)
太古の祭祀場か? 鳥居の原形か? 埋納経の標石か?定説は未だありません
通路を登って左側の柵内はマウンド中央の石柱から半円形を描くように石柱が配された環状列石と推測されます
また 右側の柵内にはドルメン(支石墓)と思われる巨石があります 石柱の表面にはペトログラフ(岩刻文字)の
存在が指摘されています 背後にある山は米神山と呼ばれ 山頂部にも環状列石があります またここから
宇佐方面へ行った地点右側の 水田中に米神山側に先端が向いた立石があり その上に小さな肩平石を
載せたものが立っています 地元ではこしき石と呼ばれ蓋石を取り除くと暴風に なると伝えられ
暴風石とも呼ばれています この様に山の名やこしき石等 米に係る名が多く有りますので弥生時代頃の
ものとも思われますが定かではありません  宇佐市教育委員会
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<下写真> 田圃の中にぽつんと立つ こしき石(暴風石)
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