2014.11.13  しまなみ海道 小島(おしま)

小島は 面積 0.50平方km 周囲約3kmの小島である 集落・船着場・港は島の南側にあり
現在人口は10世帯・14人である 元禄時代 無人島に来島から来島村上水軍の末裔・8世帯が移り住み開拓した
明治年代に 軍事施設配置計画が立てられ 島の北部に砲台・司令塔・探照灯が 中部・山頂付近に
砲台・発電所が設けられた 南部には兵舎・弾薬庫が建設され 南端の岬にも探照灯と砲台が設置された
明治32年(1899)に建設が始まり 翌年3月に完成し芸予要塞と名づけられて海の守りについていたが
大正時代に装備の近代化が進み 大正11年(1922)砲台は廃止され 大正13年(1923)軍用機爆撃演習の
標的とすることを条件に波止浜町に払い下げられた 大正15年(1926)8月に2回にわたる
爆撃演習が行なわれたが 当時の未熟な技術で失敗に終わり 多くの私設は破壊を避けることができた
後に公園として整備されたが 太平洋戦争に入り利用されることはなく 戦後は食糧増産のもと
関係施設の多くは破壊され耕作地になった その後も旧軍施設として捨て置かれ荒廃の一途であったが
今治市との合併後 昭和45年(1970)に砲台跡地への道路の整備とツバキの植栽を行った
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明治20年(1887)大阪砲兵工廠製 28cm榴弾砲レプリカ
平成21年(2009)− 平成23年(2011)放送の NHKドラマ「坂の上の雲」に使われた

探照灯跡
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ビーチハウス
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発電所跡
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南部砲台跡 地下室
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弾薬庫跡
段や帰庫跡は 山の傾斜面を掘り下げ 深い窪地を造成して作られている 小島の地質は閃緑岩系で 東側に
斑糲岩が部分的に層をなし いずれも比較的柔らかい岩盤であり 当時の人力による工事には都合が良かった
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来島海峡第三大橋

中部砲台跡 兵舎 司令塔
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北部砲台跡 司令塔 地下室 発電所 兵舎
大正15年(1924)8月15日から爆撃演習が行われ一部が破壊された
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北部砲台司令塔跡
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北部砲台跡 24cm砲
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北部砲台爆撃演習跡
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港までは海岸線の遊歩道を行く
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大島 道の駅よしうみいきいき館 来島海峡第一大橋の夕景を見て帰途につく
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