2018.04.02  兵庫県明石市 明石公園の桜

県立の明石公園は 国の史跡である明石城址を整備した歴史公園で 園内には城郭跡と文化施設が点在する
桜は 剛ノ池周辺を中心に約2000本のソメイヨシノが植樹され 日本さくら名所100選に選定されている
明石城は 江戸時代の元和3年(1617)信濃松本藩主より明石藩主となった小笠原忠真に対し
二代将軍徳川秀忠が 譜代にふさわしい城郭を建設するよう命令を授け 築城費として銀一千貫を支給した
新たな城郭は 当時の居城・船上城の東方・人丸山(赤松山)を城地として 元和5年(1619)正月から
作事が始まった 城郭は「本丸」を中心として 東側に「二の丸」その東に「東の丸」南側に「三の丸」
西側には稲荷曲輪を設けた 明石城の主郭部分である本丸・二の丸・東の丸の石垣・土塁及び堀などの土木は
幕府が負担し 三の丸と町屋建設は 明石藩と幕府の共同事業として作事が進められた 工期短縮を図るため
船上城からは巽櫓が 伏見城からは坤櫓が移築され 三木城・高砂城・枝吉城・船上城の木材も使用された
また細川家からは豊後中津城の天守が贈呈され この部材も転用された
翌年の正月には小笠原忠真が船上城から移り住み 同年6月から城内の建物関係の工事が開始されたが
天守は石垣積のみで天守閣は建てられなかった 小笠原忠真が 寛永9年(1632)に豊前小倉藩に転封となり
その後 藩主の転封が重なり僅か50年程の間に城主が目まぐるしく入れ替わったが
天和2年(1682)に越前松平家・直明が6万石で入城し 以後明治維新まで親藩として松平氏の居城となった
明治7年(1874) 廃城令によって城は廃され 明治16年(1883)に町内有志により整備され城址公園となる
明治31年(1898)皇室の御料地に召し上げられ その後 大正7年(1918)4月に 兵庫県が御料地を
借り受ける形で 県立明石公園として開園した 平成16年(2004)には明石城跡が国の史跡に指定された
かつて本丸の四隅には櫓が建っていたが そのうち南東側の巽(たつみ)櫓 南西側の坤(ひつじさる)櫓が
現存し国の重要文化財に指定されている 北東の艮(うしとら)櫓は明治14年(1881)に
北西の乾(いぬい)櫓は明治34年(1901)に それぞれ解体されており現存しない
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西芝生広場の賑わい
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坤(ひつじさる)櫓
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坤(ひつじさる)櫓
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巽(たつみ)櫓
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東の丸 高層ビルは「パピオスあかし」
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<上> 南東側の巽櫓
<右> 本丸広場
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本丸広場
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桜堀
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剛ノ池
面積:29,000平方m 周回遊歩道距離:約1.5km
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ヤブツバキ
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JR明石駅ホームから北向きに見る明石城 南西側の坤櫓と南東側の巽櫓
姫路城大手門駐車場に戻り 津山城を目指す
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