2015.03.05  筑後吉井のひな祭り

ひな祭りの筑後吉井白壁通りを散歩
筑後よしい案内まっぷより ようこそ筑後吉井へ
水がきれいなことから 名付けられた「吉井」。久留米と天領日田を結ぶ豊後街道の宿場町として生まれました。
江戸期に入り、筑後川の水を平野に引き込む水路が完成してからは豊かな農産地となり、
水車の力を利川して精蝋、酒造、製麺など農産加工品の生産が盛んになり、経済発展を遂げました。
 筑後吉井の町並みは明治初期までに3回の大火に見舞われました。この経験を活かして生まれたのが
完全防火の白亜の御殿。漆喰や鉄の扉で防火対策を施しました。こうした建物がつくりだす町並みの
歴史的価値が認められ、筑後吉井の町並みは平成8年、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されました。
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総合案内所 観光会館「土蔵(くら)」
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「土蔵」内の雛飾り 段飾り おきあげ雛 箱雛
江戸時代後期には 庶民層にも雛祭りが普及したが 高級な江戸雛や京雛を手にすることなどできなかった
平面的な「おきあげ雛」や「箱雛」が 庶民の雛飾り人形であった
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箱雛
八女地方発祥の「箱雛」は 江戸時代後期から昭和の半ばまで 八女福島の仏壇店や大工の副業として
注丈に応じて作られていた 杉や檜を利用して作られた二つの箱に 男雛・女雛を1体づつ収納したもので
衣裳には仏具の布を利用し 冠などの金具には提灯の部品を利用するなどしていた
昭和30年代に入り 現在のような段飾りの雛人形が普及し 箱雛も作られなくなった
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弥吉酒場前

居蔵の館(旧松田家住宅) 見学無料
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居蔵の館は 明治時代に建築され 大正初期に改築された 戦後しばらく空き家となり荒廃していたが
吉井町に譲渡され復元工事が施されて公開に至っている
敷地面積:約403坪 建屋面積:約152坪
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町中に多い 名無しの石神
理髪店の鏝絵 河童の散髪屋

鏡田屋敷(旧籠田家住宅 市指定文化財) 見学無料
正面部分は 文久3年(1863)に郡役所として建築され 側面の座敷と二階部分が
明治26年(1893)に増築された 平成3年の台風17号・19号により甚大な被害を受け
取り壊しが決められたが 後に旧吉井町に寄附され 保存修理後公開された
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不動産 (有)大光産業
和風ステンドグラス 立丁尾花
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立丁尾花 作品の撮影は禁止でした 全体を撮影
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つがいの白鶴と親子金亀の鏝絵 夫婦円満・家内安全・商売繁盛
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弥吉本家 蝋屋

林肥料店の店内
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愛知時計 大正元年(1912)製 10日巻ゼンマイ式時計 現役
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左上の御殿飾りは50数個のピースを組み立てるそうです
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雛道具店の非売品展示 右上の男雛凧は北九州市戸畑の孫次凧
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町並み交流館 元は海産商松源本店
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右上2枚 旧郵便局の建物 鬼瓦に郵便マークがある
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上町交差点
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軒下まで漆喰で固めた防火建築物
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丸一屋の雛人形 現存する雛人形では日本一の大きさ
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大正末から昭和初期と思われる長尾製麺の工場 大正9年の地図では田圃になっている
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3階建ての町屋
名無しの石神
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山下カバン店 年季の入った建物として紹介されている
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