丹後街道

丹後街道は 越前国敦賀郡敦賀津(現:敦賀市)から 若狭国を東西に横断し 丹後国与謝郡宮津(現:宮津市)に
至る街道である 現在では国道27号線と舞鶴からは国道175号・178号線に相当するルートとなっている
越前国側から「丹後街道」と呼ばれ 丹後国側からは「若狭街道」と呼ばれている

古代北陸道(佐渡.越後.能登.越中.加賀.越前.若狭の一島六国)への官道は 近畿から山城国(相楽郡・綴喜郡)・
近江国(滋賀郡・高島郡)・若狭国(遠敷郡・三方郡)・越前国(敦賀郡)を経て越後国に至るルートである
また近江高島から北へ湖西を辿り 疋田に通じる現・国道161号線に相当する街道は 古代では北国脇往還と呼ばれ
近世では西近江路と呼ばれる古道である 近江から若狭への古道は 高島郡三尾駅(古代の駅で現・三尾里)で
分岐して 安曇川に沿って朽木市場へ抜け 水坂峠を越えて上中(遠敷郡濃飯駅)で若狭国府のある小浜市への
道と分かれて北進する 若狭国府と丹後国府があった現在の宮津市を結ぶ官道(後・丹後街道)もあった

江戸幕府が開かれると 参勤交代道である中山道番場宿から直江津に至る北国街道が整備され主要道となる
湖西道路は西近江路となり 三尾−朽木−上中が若狭路に また後には保坂−近江今津の街道も通じて
朽木を経由することも無くなった 敦賀−上中−小浜−舞鶴−宮津のルートは丹後街道(若狭街道)となる
大陸との交易が途絶える江戸期以降 湖西地方は時代の流れから取り残されるが 幕末期・北前船の活況によって
一時蘇るが 明治以降の交通体系の変遷によって 再び不況となりわびしさを増していく
img
小浜西組