大日寺 五輪塔と石仏

高砂市指定文化財 大日寺 石造五輪塔・石仏
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街道から見る下台公民館と大日寺境内の五輪塔
真言宗 岩尾山 大日寺は 嘗ては播磨国分寺の東院であったが 戦火で焼け
後に真言宗寺院として再興され時光寺の松寺となった 平成21年不審火により焼失した
阿弥陀村の由来
元は北原と称していたが 文永十年(1273)に日笠の海中より阿弥陀如来像を得て
この地に時光寺を建立し安置した これに依り北原を改め阿弥陀と称することとなった
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五輪塔は 南北朝時代の暦応5年(1342)のもので 一結講衆(信仰者共同)が建立した供養塔である
伝説では 児島範長(播磨を拠点とした南朝側武将)の墓ともいわれている
石仏は 室町時代後期の永正4年(1507)に 一結衆が建立したもので 阿彌陀佛立像が彫られている
背面には石材を加工した際の矢穴跡が残っている 五輪塔と石仏ともに竜山石で作られている
なみだ池
大日寺の背後にある大日池を 別名「なみだ池」という その由来は
この地を東に廻れば 姫路の城が山陰に隠れて見えなくなるをもって 名残を惜しんで言われた名前である