大蔵谷

<大蔵会館前の掲示板・大蔵地域約千年の史跡>
大蔵谷の地名はずいぶん古く『源平盛衰記』『増鏡』『太平記』などにも記され、畿内と畿内以西とをつなぐ
重要な役割を果たしていた。江戸期には山陽道屈指の宿場として栄え、宝永元年(1704)には屋敷294軒、
人口1781人、本陣・旅籠61軒、馬46匹、駕仲間80人の記録があり、その繁栄は明治時代末まで続いた。
淡路を遠望する白砂青松の風光明婚な大蔵海岸の美観は、柿本人麻呂の和歌、松尾芭蕉の俳句、
永井荷風の文章に絶賛されている。街道には、大蔵院、西林寺、大蔵八幡神社、稲爪神社、
”一栄一落是春秋”菅原道真の銘詩を刻む休天神社など多くの史跡があり、
それぞれに深い千年の歴史の彩りを大蔵の地は秘めている。
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播磨名所巡覧図絵 大倉谷